キャンデタフト→イベリス

夜どうしの温い雨にも色あせず
あんまり暗く薫りも高い
この十六のヒヤシンス

まっ白な石灰岩の方形のなかへ
水いろと濃い空碧で
すっきりした折線を
二つ組もうとおもったのに
東京農産商会は
このまっ黒な春の吊旗を送ってよこし
みんなはむしろいぶかしさうにながめてゐる
今朝は截って
春の水を湛えたコップにさし
各科と事務所へ三つづつ
院長室へ一本配り
ここへは白いキャンデタフトを播きつけやう
つめくさの芽もいちめんそろってのびだしたし
廊下の向ふで七面鳥は
もいちどゴブルゴブルといふ
女学校ではピアノの音
にはかにかっと陽がさしてくる

鋏とコップをとりに行こう

                詩「病院の花壇」


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キャンデイタフト→イベリス(アブラネ科イベリス属) Iberis sempervirens  最近の園芸店ではイベリスの名で流通している。イベリスは学名からのネーミング。イベリア半島に由来するというが、地中海沿岸原産の多年草。トキワナズナ(常盤薺)の和名もある。日本には明治期に渡来。キャンディタフトというのは英名である。
お菓子のようにふわふした感触をイメージさせるからか。

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花巻市安野橋のフクロウ

作品の背景には花巻共立病院の花壇設計を手がけた折の体験が下敷きになっている。
東京の園芸店から取り寄せたヒヤシンスの球根、ブルーと空色の花を咲かせて、花壇にラインをつくるはずだった。
けれども、昨夜の温かい雨が上がれば、黒い花が咲いたというのである。吊旗のように不吉…、強い香りを放っている。
やれやれである。切って、コップに挿し、それぞれの部屋へ配って飾ろう。
そしてここには白い花を咲かせるキャンディタフトを蒔くことにしよう。
クローバー(つめくさ)の芽も伸びている。もう、本当の春だ。やれやれ…。
超訳すれば、そんなところです。

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花巻市郊外友人のアトリエ

当時の花巻共立病院の中庭にはオウム、サル、シチメンチョウなどが飼育されていて、
入院患者や来院者を喜ばせたという。
私が1996年に立ち寄った時には、再現された賢治設計の花壇と、別の中庭に孔雀が飼育されていた。
最近はどうなっているのだろう。鳥インフルエンザの影響で飼育をやめたという噂を聞いたが、確認はしていない。
しかし、まあ、すごいでしょう。大正の終わりか、昭和の初期です。
当時はチューリップもヒヤシンスも高価な球根でした。ましてキャンデイタフトは見たことがない人がほとんどだったのではないでしょうか。
ブルーのヒヤシンスは定番ですが、手違いだったのでしょう、黒い花が咲いたというのです。
これは現代では貴重種でしょうに、当時の人たちはいぶかしそうに眺めたというのですが…。

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アトリエ周辺から

この下書稿では次のような詩句もあります。
「(略)神経質の院長は/あんまり薫りが高すぎる/看護、こいつをおまへの室へ持ってけと/さういふことは明かだ/村からやっと出て来たばかりの/こどもの見習看護婦が/これ何の花だべや と云って/ちゃうどにはかに豚の白肉のお菜に遭ったときのやう/気味悪さうにコップをさゝげ/じぶんの室へ廊下を行けば/コップの中ではこの雨つぶも春の水もひかる/(略)」
当時の人と、宮沢賢治という人のギャップがかんじられますね。

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アトリエ周辺から

花屋さんで、イベリスの鉢など見かけると、このエピソードを思い出してしまいます。
イベリスの画像は昨年12月に千葉市青葉の森公園で撮影したもの。
普通、初夏に咲く花ですが、とても強健で、挿し木でも増えます。

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アトリエ周辺から

撮影に出かけられない日が続くので、お蔵入りの古い画像を取り出して編集しています。
花巻郊外のスナップは「風の巡礼」で、1994年にイーハトーブ奨励賞を受賞された滝田恒男さんのアトリエです。
滝田さんの最近の活動は こちらをどうぞ。
お元気そうですね。(^_-)-☆
Commented by kobane99gi at 2012-02-01 14:19
キャンディタフト、初めて見る花です。何だか不思議な形ですね。

思った絵にならずに賢治はさぞがっかりしたでしょうね。
長い冬がやっと終わって、みんな「暗い色はもうたくさん」という気持ちでしたよね、きっと。
Commented by odamaki719 at 2012-02-01 15:57
こんにちは✿
お友達のアトリエは素敵ですね。
様々な面白いアートがあるのですね。
私のブログは毎月1日にスキンの色とロゴを変えます。
今月のロゴは残念ながらイベリスではなくてスィートアリッサムです。
よく似ていますよね。
Commented by マングース at 2012-02-01 22:00 x
こんばんは。

キャンディタフトは我が家にも植わっています^^
少し厚みのある花びらの小さな白い花はとっても綺麗
ですね!

nenemuさんの友人のアトリエ、素敵ですね!
ソローの森の家を思い出しました(^o^)
ブナな白樺の林の中にこんなアトリエがあれば幸せでしょうね~♪
Commented by nenemu8921 at 2012-02-02 17:28
kobaneさん。そうです、賢治は落ち込んだようです。
ヴァージョンでは七面鳥が花壇に穴をあけてしまいます。
ゴブル、ゴブルというのは七面鳥の鳴き声の英語の表現です。
「なんじ、院長の愛する花」という皮肉を書き残しています。
面白いですね。(#^.^#)

Commented by nenemu8921 at 2012-02-02 17:37
odamakiさん。失礼しました。
アップだと似ていますね。(^_-)-☆
写真は全体像が見えないので、ついつい想像を誘ってしまいます。
毎月、スキンの色やロゴを変えていらっしゃるのね。
丁寧に管理しているのですね。見習いたいです。
友人の小屋のある丘にはあれこれ面白いものが置かれていて楽しかったです。(^.^)
Commented by nenemu8921 at 2012-02-02 17:40
マングースさん。お宅にもありますか。
丈夫で作りやすい花ですよね。丈も大きくならないし。
賢治はこれで花壇の縁どりをしたかった様子です。
友人の小屋のあるこの丘には大きなヤマアラシの木がそびえていました。
数年前の冬の終りに立ち寄ったので、あたりはまだ冬景色でした。
ソローの「森の生活」は、昔読んで、私も感銘を受けました。
賢治とソローを論じた論文も確かあったと思います。
Commented by オキザリス at 2012-02-03 12:59 x
こんにちわ。
キャンデイタフト、こんな花だったのですね。
こんな花で花壇の縁取りをしたらケーキのようにかわいい花壇ができそうですね!

詩、作品の解説をしてくださると、うれしいです。
作品だけ読んでもわからないものが多いので。
下書き稿は本音が出ているような気がします。

宮沢賢治という人は当時はほとんど周囲の人に理解されなかったと言われていますが、
時代のだいぶ先を歩いていたのですね。
いったい、何処から情報を得ていたのでしょうか?

この病院の院長も、病院に動物や鳥を飼ったり、かなり新しい感覚の人だと思いますが、
宮沢賢治とはあわなかったのでしょうか?


Commented by nenemu8921 at 2012-02-06 18:47
オキザリスさん。お返事が送れてごめんなさい。
確かに下書き稿を丹念に読むと、定稿では見えなかったものが見えてきますね。
作品としての形が整うことで、心情的な要素は薄まりますね。
あるいは心境の変化もあったのかも…。
情報はかなりアンテナを立てていたのでしょうね。新聞、雑誌など。
園芸植物は外国のカタログを見て取り寄せても居た様子です。
この病院の院長さんも面白いですね!
病院に動物や鳥を飼育し、花壇を作るのは、セラピー効果というより、
権力というか、資本力の誇示のようにも感じられます。
賢治の詩の下書き稿を読む限りでは。
実際は如何だったのでしょうね(^_-)-☆



by nenemu8921 | 2012-02-01 12:03 | 植物 | Comments(8)

宮沢賢治の愛した鳥や植物


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