いてふの実

 そらのてっぺんなんか冷たくて冷たくてまるでカチカチの灼きをかけた鋼です。(略)
 いちょうの実はみんな一度に目をさましました。
 そしてドキッとしたのです。今日こそはたしかに旅立ちの日でした。(略)
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「僕なんか落ちる途中で眼がまはらないだらうか。」一つの実が云ひました。
「よく目をつぶって行けばいいさ。」も一つが答へました。
「さうだ。忘れてゐた。僕水筒に水をつめて置くんだった。」
「僕はね、水筒の外に薄荷水を用意したよ。少しやらうか。旅へ出てあんまり心持ちの悪い時は一寸飲むといいっておっかさんが云ったぜ。」
「なぜおっかさんは僕へは呉れないんだらう。」
「だから、僕あげるよ。お母さんを悪く思っちゃすまないよ。」
 さうです。この銀杏の木はお母さんでした。
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 今年は千人の黄金色の子供が生れたのです。
 そして今日こそ子供らがみんな一諸に旅に発つのです。お母さんはそれをあんまり悲しんで扇形の黄金の髪の毛を昨日までにみんな落してしまひました。
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「ね、あたしどんな所へ行くのかしら。」一人のいてふの女の子が空を見あげて呟やくやうに云ひました。
「あたしだってわからないわ、どこへも行きたくないわね。」も一人が云ひました。
「あたしどんなめにあってもいいからお母さん所に居たいわ。」
「だっていけないんですって。風が毎日そう云ったわ。」
「いやだわね。」
「そしてあたしたちもみんなばらばらにわかれてしまふんでしょう。」
「ええ、そうよ。もうあたしなんにもいらないわ。」
「あたしもよ。今までいろいろわが儘ばっかし云って許して下さいね。」
「あら、あたしこそ。あたしこそだわ。許して頂戴。」(略)
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木の一番一番高い処に居た二人のいてふの男の子が云ひました。
「そら、もう明るくなったぞ。嬉しいなあ。僕はきっと黄金色のお星さまになるんだよ。」
「僕もなるよ。きっとここから落ちればすぐ北風が空へ連れてって呉れるだらうね。」
「僕は北風ぢゃないと思ふんだよ。北風は親切ぢゃないんだよ。僕はきっと烏さんだろうと思うね。」
「そうだ。きっと烏さんだ。烏さんは偉いんだよ。ここから遠くてまるで見えなくなるまで一息に飛んで行くんだからね。頼んだら僕ら二人位きっと一遍に青ぞら迄連れて行って呉れるぜ。」
「頼んで見やうか。早く来るといいな。」
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その少し下でもう二人が云いました。
「僕は一番はじめに杏の王様のお城をたづねるよ。そしてお姫様をさらって行ったばけ物を退治するんだ。そんなばけ物がきっとどこかにあるね。」(略)
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星がすっかり消えました。東のそらは白く燃えてゐるようです。木が俄かにざわざわしました。
もう出発に間もないのです。
「僕、靴が小さいや。面倒くさい。はだしで行こう。」
「そんなら僕のと替えよう。僕のは少し大きいんだよ。」
替へよう。あ、丁度いいぜ。ありがとう。」 
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「わたし困ってしまうわ、おっかさんに貰った新しい外套が見えないんですもの。」
「早くおさがしなさいよ。どの枝に置いたの。」
「忘れてしまったわ。」
「困ったわね。これから非常に寒いんでしょう。どうしても見附けないといけなくってよ。」
「そら、ね。いいぱんだろう。ほし葡萄が一寸顔を出してるだろう。早くかばんへ入れ給へ。もうお日さまがお出ましになるよ。」
「ありがとう。ぢゃ貰うよ。ありがとう。一諸に行かうね。」
「困ったわ、わたし、どうしてもないわ。ほんとうにわたしどうしませう。」
「わたしと二人で行きませうよ。わたしのを時々貸してあげるわ。凍えたら一諸に死にませうよ。」
 東の空が白く燃え、ユラリユラリと揺れはじめました。おっかさんの木はまるで死んだようになってじっと立っています。
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 突然光の束が黄金の矢のように一度に飛んで来ました。子供らはまるで飛びあがる位輝やきました。
 北から氷のように冷たい透きとほった風がゴーッと吹いて来ました。
「さよなら、おっかさん。」「さよなら、おっかさん。」子供らはみんな一度に雨のように枝から飛び下りました。
 北風が笑って、
「今年もこれでまずさよならさよならって云ふわけだ。」と云ひながらつめたいガラスのマントをひらめかして向ふへ行ってしまひました。
 お日様は燃える宝石のように東の空にかかり、あらんかぎりのかがやきを悲しむ母親の木と旅に出た子供らとに投げておやりなさいました。                        童話「いてふの実」


「いてふの実」は宮沢賢治の初期の童話作品。
私が暮らす関東周辺では、イチョウの実は葉が青いうちに落ちる。
この物語では、おかっさんの髪の毛(葉)は、子どもたちが旅立つ前にみな散ってしまう。
あれっと思っていたが、ある年、晩秋にイーハトーブへ行く機会があった折、
小舟渡の八幡宮の境内で、葉も実も一緒に散り落ちていた光景に出会った。
気候によっても、土地によっても異なるのだなあ。。。
    宮沢賢治が描いたとおりだった。。。と、
               嬉しく思ったことを思い出します。

画像はこの秋に、あちこちの出先で眼に留まった「いてふの樹」を撮影したもの。
Commented at 2012-11-14 19:10
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by あだっちゃん at 2012-11-14 21:12 x
イチョウの実は葉が黄葉する前にかなり落ちるんですね。
足で踏んだ後の匂いが綺麗です。
ギンナンは食べるのは好きですが、落ちてる実を拾うのは嫌です。
果肉の匂いは何とかならないかと何時も思っています。
手話記念公園のイチョウ並木はだいぶ綺麗になってきました。
Commented by matsu_chan3 at 2012-11-14 21:32
こんばんは
銀杏の葉は殆ど散り今は銀杏拾いが真っ盛りです。
バケツいっぱい拾い集めギンナンにして友人などにプレゼントの予定です。
Commented by pcmimiko0207 at 2012-11-14 22:58
大変面白く読みました(*^^)v
明日から駐車場の銀杏の樹を見上げる時、きっと今までと違って見えるでしょう
こちらも、たくさんの子供が飛び降りてます(笑)
樹には黄色い葉がまだ残ってます^^
Commented by nenemu8921 at 2012-11-15 01:52
鍵コメさん。
やはり午前中が、あすこはいいみたいですねえ。
でも、拝見するのが楽しみです。
夕陽もがんばったのですね。
510枚ですか。すごいなあ。傑作が生まれるはずですねえ。
Commented by nenemu8921 at 2012-11-15 01:55
あだっちゃん。
子どもが小さいときは近くの神社で銀杏拾いをしましたが、
もう、最近はだめですねえ。
体力と気力がない!! 
でも、あのヒスイ色のみずみずしいギンナンはおいしいですねえ(^.^)(^.^)
Commented by nenemu8921 at 2012-11-15 01:58
matsu_chanさん。
そうですか。
やっぱり北国や気温の低いところでは黄葉も早いし、色づいた葉が散るのも早いのですね。
人は自分の体験だけにこだわるといけませんね。(^_-)-☆
世界が狭くなりますね。教えてくださってありがとう。
Commented by tsukey at 2012-11-15 01:59 x
凄い銀杏・・・少し前は銀杏拾いに精を出してしました。今は私が墓をたてた寺に行けばくれます。銀杏の皮は良い肥料になります。匂いはキツイですが・・・銀杏の紅葉を近いうちに撮りに行こうと思っています。
長文、楽しく読ましてもらいました。
Commented by nenemu8921 at 2012-11-15 02:05
pcmimikoさん。
そうですか、北陸では葉と実とほぼ一緒かな?
読んで下さってありがとう。
杏の王様のお城を訪ねるというのが私が好きな子です。(^_-)-☆
Commented by nenemu8921 at 2012-11-15 02:10
tsukeyさん。
イチョウの皮は(果肉ですね)、よい肥料になるの?!
そうですか。よいことを聞きました。。。
やっぱり茶碗蒸し美味しいですよね!!
長文、読んでくださってありがとう。
黄葉の画像楽しみにしています。
あっ、ブログ、エキサイトに変えませんか。
今のシステムはどうおなじみにくい印象です。
容量も限りがあるようですし。
(^_-)-☆
Commented by マングース at 2012-11-15 02:41 x
こんばんは。

一本のイチョウの樹の上でこのような会話がされていると思い浮かべる
と楽しいですよね(^_-)
イチョウが雌雄異種であり実の成る樹は雌木(お母さん)、そして実たち
にも雌雄(兄弟姉妹)があることなど、植物の知識豊富な宮沢賢治ならではという感じがしました^^
Commented by nenemu8921 at 2012-11-15 08:11
マングースさん。
受け止めてくださってありがとうございます。
宮沢賢治って面白いですね。
自然科学的でありながら、宗教的で、何よりも詩的 (童話的?)でもあって。(^_-)-☆
Commented by namiheiii at 2012-11-19 15:58
ふ~ん、これが宮沢賢治かと納得させられるような童話ですね。それにしてもこれほど沢山の銀杏をよく克明に追いかけられたものですね。感心しました。
Commented by nenemu8921 at 2012-11-19 22:47
namihei先生。
宮沢賢治ってイメージが先行しているような印象を受けます。
この秋、千葉大病院とか、近くのお寺とかで撮ったものばかりです。
気にかけてみると、イチョウの樹ってあちこちにあるのですね。
by nenemu8921 | 2012-11-14 18:54 | 植物 | Comments(14)

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