花椰菜→カリフラワー

(略)
小屋のうしろにもたしかにその黒い木がいっぱいにしげってゐるらしかった。畑には灰いろの花椰菜(はなやさい)が光って百本ばかりそれから蕃茄(トマト)の緑や黄金(きん)の葉がくしゃくしゃにからみ合ってゐた。馬鈴薯(ばれいしょ)もあった。馬鈴薯は大抵倒れたりガサガサに枯れたりしてゐた。ロシア人やだったん人がふらふらと行ったり来たりしてゐた。全体祈ってゐるのだらうか畑を作ってゐるのだらうかと私は何べんも考へた。
(略)
                                  初期短編「花椰菜(はなやさい)」


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花椰菜→カリフラワー(アブラナ科アブラナ属)
ヨーロッパ原産。ブロッコリーと同様にキャベツの仲間です。
紀元前6世紀頃には、既に記録があるが、育成が難しい植物だったため、普及したのは20世紀に入ってからだという。
日本には明治初年に導入されたが、長い間食べる用途より観賞用として使われてたとか。
園芸用でキャベツが「葉牡丹」(はぼたん)、カリフラワーを「花椰菜」(はなはぼたん、はなやさい)として扱っていたが、カリフラワーのほうは採種が困難なことと、当時の日本食には合わないこともあって、食用としては普及しなかったらしい。
昨今のように食卓に普通にあがるようになったのは、日本人の食事が洋風化した60年代以降か。

短編「花椰菜」は、夢の記述と思われる作品。
大正期に東北でカリフラワーは栽培していたのだろうか? 
もっとも夢の舞台はカムチャッカの野原らしいのだが。
宮沢賢治は食べたのかしら。
私(nenemu)は戦後の生まれですが、カリフラワーを子どものときに食べたj記憶はないのですが……。
Commented by mayaha at 2008-01-26 20:30
戦後まもなくには、家庭菜園で植えていました。キャベツは かんらん(甘藍)
カリフラワーは はなかんらん(花甘藍)でした。酢味噌で食べていたのですよ。
ブロッコリーはずーっと後ですよね。
Commented by ケイタロー at 2008-01-27 14:02 x
ハナヤサイはカリフラワーですか。
宮沢賢治は新しいもの好きだったようですね。
↓帝国図書館の画像も興味深かったですよ。
Commented by nenemu8921 at 2008-01-27 19:06
mayahaさん。花かんらんですか?酢味噌ですか?
戦後、市場にも出回っていたのでしょうか
カリフラワーはミソマヨでいただくのがすきですが。
マヨネーズは戦後ですよね。
Commented by nenemu8921 at 2008-01-27 19:18
ケイタローさん。
賢治は当時としては珍しい野菜や花などは強い関心を持っていた様子です。
アスパラガスなども出てきますし。
豊かな農業と言うことが常に頭にあったのかもしれません。
by nenemu8921 | 2008-01-25 19:41 | 植物 | Comments(4)

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