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(略)
私は書いたものを売ろうと折角してゐます。それは不真面目だとか真面目だとか云ってくださるな。愉快な愉快な人生です。(略)
図書館へ行っ見ると毎日百人位の人が「小説の作り方」或は「創作への道」といふやうな本を借りやうとしてゐます。なるほど書く丈けなら小説ぐらゐ雑作ないものはありませんからな。うまく行けば島田清次郎氏のやうに七万円位忽ちもうかる、天才の名はあがる。どうです。私がどんな顔をしてこの中で原稿を書いたり綴ぢたりしてゐるとお思ひですか。どんな顔もして居りません。
これからの宗教は芸術です。これからの芸術は宗教です。いくら字を並べても心にないものはてんで音の工合からちがふ。頭が痛くなる。同じ痛くなるにしても無用に痛くなる。
今日の手紙は調子が変でせう。
斯う云うふ調子ですよ。近頃の私は。
                              書簡195  


大正10年7月13日の日付がある。宮沢賢治が家出をして東京で過ごしていた時期、従弟の関徳弥あての書簡である。
島田清次郎という名が気になっていて、最近読んだ本。

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どんな内容かといえば、こちらに荒俣宏さんの書評があります。

この書簡の時代の背景、風を知りたいと思った。
島田清次郎の伝記としては、杉森久英「天才と狂人の間」が有名ですが、本書は
精神病理学の専門家からの視点でとらえたもの。
宮沢賢治ともかかわりのある暁烏敏が島田清次郎の作家デビューにも因縁があることを知った。

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               セリ(セリ科セリ属)Oenanthe javanica 芹

うーん。大正時代は大衆ゴシップのあだ花が咲き誇った時代なのですね。
大正8年に発表した「地上」が大ベストセラーになって、大正10年には島田清次郎は講演旅行で
全国を回っていた時期でした。翌年4月から12月にかけて、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリアを
周遊する旅に出ます。

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                ソクズ(スイカズラ科ニワトコ属)Sambucus chinensis そくず、クサニワトコ

うまく行けば島田清次郎氏のやうに七万円位忽ちもうかる、天才の名はあがる。
本書には、大正10年11月20日の読売新聞のゴシップ記事の紹介がある。
「洋行費用の出所を明らかにするために警察が調べたところ、清次郎の預金は川崎銀行に五万円あり、さらに「地上」の印税が月々千円以上入っていたというのである。試みに日本銀行が発表している企業物価指数を用いて計算してみると、当時の五万円は2012年の約2600万円にあたる。月々千円の印税は52万円である。大金持ちとまでは言えないが、確かに23歳の青年としては破格の金額である。」
ちょっと時期がずれるが、当時、いかに巷の話題になっていたか推測できますね。
宮沢賢治は25歳。東大赤門前の文信社で筆耕のアルバイトをしたと伝えられているが、
いかほどの賃金をもらっていたのだろうか。

画像はこの夏の在庫から。
by nenemu8921 | 2014-08-30 12:57 | 読書 | Comments(8)

宮沢賢治の愛した鳥や植物


by nenemu8921