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白い鳥

(略)
二疋の大きな白い鳥が
鋭くかなしく啼きかはしながら
しめった朝の日光を飛んでゐる
それはわたくしのいもうとだ
死んだわたくしのいもうとだ
兄が来たのであんなにかなしく啼いてゐる
   (それは一応はまちがひだけれども
    まったくまちがひと言はれない)(略)
                     詩「白い鳥」

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コハクチョウ(ガンカモ科)
冬鳥として湖沼、河口、内湾、広い川等に渡来する。オオハクチョウより少し小さいがよく似ている。

感動的なこの詩の白い鳥は、実は白鳥ではない。
岩手山ろくを農学校の生徒たちと、夜通し歩いて夜を明かした1923年、6月4日の日付を持つ作品である。6月の岩手山ろくには白鳥はいない。

(略)
またほんたうにあの声もかなしいのだ
いま鳥は二羽 かがやいて白くひるがへり
むかふの湿地 青い蘆のなかに降りる
降りようとしてまたのぼる(略)
                 詩「白い鳥」


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コサギ(サギ科)
本州~九州で繁殖し、冬も残る。水田、湿地、川、湖沼、干潟、蓮田等にすみ、浅水中で、片足を前に出して震わし、獲物を追い出してとる習性がある。

空中で翻ったり、蘆原に降りようとしてまたのぼることが出来るのはサギである。
白鳥は体が重くてそのように軽やかな着地や飛び立ちは出来ない。
大きな白い鳥とは、ダイサギ、コサギ、チュウサギ、アマサギなどの白鷺であろう。
シラサギといわずに、スワンとせずに、白い鳥と書くところに、詩人の想いと詩的レトリックがある。

  (日本武尊の新しい御陵の前に
   おきさきたちがうちふして嘆き
   そこからたまたま千鳥が飛べば
   それを尊のみたまとおもひ
   蘆に足をも傷つけながら
   海辺をしたって行かれたのだ)(略)
                  詩「白い鳥」

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コサギ

思わず詩人が想起した日本書紀や古事記に描かれるヤマトタケルノミコトの白鳥伝説の千鳥は 鵠(スワン)とする説が有力だが、時代の変換とともにサギやツルとみなして祀ってあるところもある。

鳥が何かは問題ではないのだ。
逝ってしまった最愛の人の魂が鳥となって、天と地を行き来するように思われてならないことが
切実なのである。

 拙い画像で詩に申し訳ない。
by nenemu8921 | 2008-02-29 01:00 | 鳥・動物 | Comments(6)

アネモネ

まっ赤なアネモネの花の従兄、きみかげそうやかたくりの花のともだち、
このうずのしゅげの花をきらひなものはありません。
                                  童話「おきなぐさ」

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アネモネ〈キンポウゲ科イチリンソウ属〉
ヨーロッパ原産の多年草。Anemone(アネモネ) はギリシャ語の「風」が語源。 英名はwind flower〈風の花〉である。種子がオキナグサとおなじように長い冠毛となり、風に運ばれるため。
その花は一重のものから八重咲のもの、花色も桃、青、赤、白等。草丈も切花用の高性のものから矮性種まで、様々な園芸品種が栽培されている。
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うずのしゅげはオキナグサ〈キンポウゲ科〉のことで、きみかげそう〈君影草〉はすずらんのこと。スズランもカタクリもユリ科。うずのしゅげに関してはよかったらこちらをどうぞ。
オキナグサを称えるために、ひきあいにだされたアネモネだが、賢治の時代にはかなり珍しい園芸種だったのではないだろうか。今ではオキナグサは絶滅危惧種だが、アネモネは園芸店で容易に入手できる。
私の「下ノ畑」の日当たりのよい場所で、せっかちなアネモネは1月の末に開花したが、思わぬ寒波ですっかりだめになってしまった。
画像は、数日前、千葉市の花の美術館で見つけたもの。千葉市花の美術館はこちらへ
by nenemu8921 | 2008-02-24 16:26 | 植物 | Comments(4)

ヤナギ←ベムベロ

ベムベロはよき名ならずや
ベムベロの
みじかき銀の毛はうすびかり
              歌稿453


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ネコヤナギ
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フリソデヤナギ(アカメヤナギとも)
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フリソデヤナギ(アカメヤナギとも)

ヤナギ科ヤナギ属のいわゆるカワヤナギ類はざっと300種もある。北半球の暖、温、寒帯に広く分布し、南半球には少ない。雌雄異株。
ネコヤナギ、シダレヤナギ、イネゴリヤナギ、コリヤナギ、カワヤナギ、キツネヤナギ、キヌヤナギ、シロヤナギ、フリソデヤナギ、コゴメヤナギ……などなど。その上、雑種も少なくない。
賢治はシダレヤナギ系のヤナギをバビロンヤナギ(柳)と呼んで区別している。
一般にシダレヤナギ以外のヤナギを総称してカワヤナギと呼ぶことが多い。
水辺に自生するものが多い故である。
ベムベロ(楊の花芽)は、そうしたカワヤナギの若い花芽のこと。
by nenemu8921 | 2008-02-23 15:11 | 植物 | Comments(10)

へんじしてくれ

いっしょうけんめいやってきたといっても
ねごとみたいな
にごりざけみたいなことだ
  ……ぬれた夜なかの焼きぼっ杭によりかかり……
おい きょうだい
へんじしてくれ
そのまっくろな雲のなかから
                        詩「雲」

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枯蓮
池の枯蓮を眺めていて面白いオブジェを見つけた。詩人は黒雲を眺めながらつぶやいているのだが。
(もちろん詩には直接関係のない画像です)
by nenemu8921 | 2008-02-22 22:55 | イメージ | Comments(4)
(略)
私は変りございません。こちらは、大変物価が廉くなりました。
魚や青物なんかは、おどろく程です。
食事も十二三銭出せば、実に立派なものです。
図書館の中は、どうも高くて困ります。
(略)
                   書簡193 宮沢イチあて封書 大正10年6月29日


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高いとはいえない!
清潔でシンプルな現在の図書館のなかのカフエテラスのメニューから。
カレーライス。¥370
賢治の時代、当時の食堂は地階にありました。もちろん当時の食堂とは内容も値段も異なりますが……。
賢治は十二三銭で、どこでどんな食事をしていたのでしょう。


c0104227_8585274.jpg東京ノートに「公衆食堂(須田町)」という詩があります。
須田町食堂が復活して秋葉原にオープンしているとお聞きしたので、行ってみました。
あいにく、ランチタイムが終わって休憩時間で、夕方まで注文は出来ませんでした。








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c0104227_9142611.jpgでも、親切な支配人さんの話では、当時のメニューを再現したものはオムライスとポ-クカツレツだそうです。
おいしそうですが、こうしたメニューのお店となると、賢治の食事のイメージと違いますね。





「宮澤賢治の詩の世界」さんのサイトでは、いま、この「公衆食堂」の謎を、ふんだんな資料と、緻密な論理で、シャーロック・ホームズさながらに解明しようとしています。興味のある方はぜひ、お読みください。

さて、東京生活における賢治の食生活は?

(略)
お手紙ありがたくありがたく拝誦いたしました。又脚気のお薬をたくさんお送り下さいまして重々の思召厚くお礼申し上げます。
うちからは昨日帰るやうに手紙がありました。すぐ返事を出しておきましたが、こんなに迄ご心配を掛けて本当に済みません。
先日来股引をはいたり蕎麦掻きや麦飯だけを採ったり冬瓜の汁(みんな脚気向きの飯屋にあります)を食ったりして、今はむくみもなくほんの少し脚がしびれて重い丈で何の事もありません。決して決してご心配はありません。(略)
                         書簡197 関徳弥あて封書 大正10年8月11日

脚気向きの飯屋とは、どんなところだったのだろう。
8月に股引をはかねばならなかったとは、さぞ不自由だったろう。
by nenemu8921 | 2008-02-19 08:23 | | Comments(6)
(略)
図書館へ行って見ると毎日百人位の人が「小説の作り方」或は「創作への道」といふやうな本を借りようとしてゐます。
なるほど書く丈なら小説ぐらゐ雑作ないものはありませんからな。
うまく行けば島田清次郎氏のやうに七万円位忽ちもうかる、天才の名はあがる。
どうです。私がどんな顔をしてこの中で原稿を書いたり綴ぢたりしてゐるとお思ひですか。
どんな顔もして居りません。
これからの宗教は芸術です。これからの芸術は宗教です。
(略)
                        書簡195 関徳弥あて封書 大正10年7月13日

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当時の一般閲覧室
当時の閲覧室利用は安価だったが、有料だった。他に婦人閲覧室と皇室閲覧室があった。蔵書は開架式ではなく、カンターで読みたい本を申し込み、書庫から取り出してもらい、この閲覧室で読んだ。つまり男女別室で、皇族用に一室が設けられていたわけである。この写真の中にも「小説の作り方」や「創作への道」を読んでいる人がいるかもしれない。

c0104227_183665.jpg現在は本のミュージアムという展示室になっている。誰でも無料で観覧できる。1月26日~9月7日まで「チェコへの扉ー子どもの本の世界ー」が開催されている。
壁や天井の装飾、シャンデリアなども当時のままを復元している。







c0104227_195569.jpgミュージアムのなかの現在の書庫へ通じる扉   













c0104227_1916498.jpg扉を開けると当時のままのレンガ壁が一部残されている。賢治もこの奥の書庫から本を借り出して読んだのだ。ダールケに関連した著作も読んだだろうか。島田清次郎の当時のベストセラー「地上」も読んだだろうか。












c0104227_19523054.jpgミュージアムの窓。当時のままを復元しているが、カーテンは締め切りで、室内の照明は蔵書をいためないよう配慮されている。
賢治が〔聖なる窓〕と歌った窓である。
「汚点ある幕」とは、内側の装飾部分のことであろう。






















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書簡195は、賢治が上京中にいとこの関徳弥へあてた手紙。
東京生活の中で、図書館の存在は大きかったことが伺える。

島田清次郎が大正7年に新潮社から出版した「地上」は、実売部数は50万部ともいわれ、当時の大ベストセラーだった。→
この人が世に出るきっかけを作ったのが賢治にも縁のある暁烏敏であった。
島田清次郎は、劇的な生涯を送った人だったらしい。
by nenemu8921 | 2008-02-16 23:54 | 場所 | Comments(6)

稚いゑんどう

稚(わか)いゑんどうの澱粉や緑金が
どこから来てこんなに照らすのか
  (車室は軋みわたくしはつかれて睡つてゐる)
とし子は大きく眼をあいて
烈しい薔薇いろの火に燃されながら
  (あの七月の高い熱……)
鳥が棲み空気の水のやうな林のことを考へてゐた
(略)
                詩「噴火湾(ノクターン」

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エンドウ(マメ科エンドウ属)豌豆
マメ科の一・二年草。広く栽培され、食用となっている。一般に、エンドウマメとも。
キヌサヤは未熟の莢を食用とする。グリンピースは未熟の種子を食用とする。
古代オリエント地方や地中海地方で麦作農耕の発祥とともに栽培化された豆で、原種は近東地方に今日でも野生している P. humile Boiss. et Noö. と推察されている。
麦作農耕とともにユーラシア各地に広まり、中国に伝わったのは5世紀、日本へは9世紀か10世紀には伝わったらしい。
また、メンデルが実験材料としたことでも知られている。
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作品は大正12年の挽歌の最終篇。
噴火湾とは北海道の内浦湾のことで、沿岸に火山があることからの命名。
ノクターンnocturneは夢幻的な器楽小品、夜曲、夜想曲。
詩人は樺太の旅を終え、帰途についた。妹の死後の世界への省察はサガレンの自然の中で一応納得したかに思えたのに、今また夜汽車の澱んだ空気に中に疲れてまどろめば、不安が膨らみ、想念は広がってゆく。とし子のことがさまざまに思いだされるのだ。

なぜ、稚いえんどうの澱粉や緑金が車室内のひかりと重なってイメージされるのか…。
正直に言えば、わかりにくい。

c0104227_18401974.jpg画像は冬の間がんばってすくすくと伸び、春の初めに花を咲かせ、初夏には実った私の「下の畑」のキヌサヤ。
暖冬の昨年の画像である。
今年の畑はまだまだ眠ったように凍てついている。
早く春が来ないかなあ。
秋にすっかりサボったので、今年の春は期待できる収穫は何もないのだが……。


 
by nenemu8921 | 2008-02-12 18:15 | 植物 | Comments(14)

東根山

西は箱ヶと毒ヶ森、       椀コ、南昌、東根の、
古き岩頸(ネック)の一列に、 氷霧あえかのまひるかな。 
(略)                  
                        文語詩「岩頸列」


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東根山 
盛岡の南南西約15キロの地点にある。標高928m。ドーム状の山容なので、袴腰とも称される。
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中央の三角の山が南昌山、右手前が箱ヶ森だと思います。
南昌山
盛岡の西南約12キロの地点にあるトロイデ型(鐘状)の山。標高848m。
箱ヶ森
盛岡の西南約10キロの地点にある山。標高866m。

岩頸(ネック)は、賢治のお気に入りの表現。火山噴出物が地上への通路の中で固まって生じた火成岩が、火山の侵食によって周囲からとり残されて出来た円柱状の柱。
「楢ノ木大学士の野宿」では、賢治自身が「岩頸といふのは、地殻から一寸頸を出した太い岩石の棒である」と解説している。

西には、箱ヶ森、毒ヶ森、椀コ(大石山)、南昌山、東根山といった古い岩頸の山々が一列に連なり、そこに、氷霧がかすかにかかっている真昼の情景である。(『宮沢賢治。文語詩の森』より)

この情景は花巻から盛岡へ向かう高速道路から見ると逆の順番で見える。いつもこの光景に出会うと車を停めたくなる。が、高速道路上なのでそんなことは出来ない。
昨年11月は友人の車に乗せてもらったので、車内から撮った。
by nenemu8921 | 2008-02-10 00:49 | 場所 | Comments(6)

キジバト←デデッポッポ

(略) 
《デデッポッポ
   デデッポッポ》
    ……こっちでべつのこどもらが
      みちに板など持ちだして
      とびこえながらうたってゐる……
はたけの方のこどもらは
もう風や夕陽の遠くへ行ってしまった
             詩〔しばらくぼうと西日に向ひ〕

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キジバト(ハト目ハト科)雉鳩
全国の山地から市街地まで留鳥として広く生息している。雌雄同色で、頸に青い横班がある。
70年代までは低山帯の鳥で、市街地には冬期漂行してくるだけだった。山鳩という俗称もあったが、今では都心部の街路樹などでも普通に巣が見られるようになった。

作品は秋の畑の情景である。
子どもがデデッポッポと歌うのか、遊びながらなにか歌っている子どもらの背景でハトが鳴いているのか……。

ドバトはクゥークゥーと鳴き、アオバトはオーア、オ、アーオと鳴き、デデッポッポと鳴くのはキジバトである。
by nenemu8921 | 2008-02-08 00:28 | 鳥・動物 | Comments(6)

ハンノキ

ひるすぎになってから
東のそらはうす甘く紅くなり
そこにたくさんの黒い実をつけたはんの梢や
古風な松の森が盛りあがったのです
(略)
               詩〔ひるすぎになってから〕
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ハンノキ(カバノキ科ハンノキ属)榛の木
低地の湿地に生え、高さ20mくらいになる落葉高木。葉は5~13cmの卵状長楕円形で互生する。2~3月、葉より早く花を開く。雄花序は長さ4~7cmで尾状に2~5個たれ下がる。雌花序は雄花序の下部の葉腋に1~5個つく。雌花は成熟すると長さ1.5~2cmの卵状楕円形の果穂となり、これは翌春まで残る。

こういう作品を読むと、ああ宮沢賢治って、フィールドの人だなあと思う。
立ち込めていた雲が薄くなって日差しが感じられるようになったひるすぎ、
世界が立ち上がるって感じです。
はんの梢についた黒い実は、前年の球果のことであろう。

いままさにハンノキの旬というか、雄花が目立ち、黒い実も目につく季節だ。
by nenemu8921 | 2008-02-06 12:52 | 植物 | Comments(16)

宮沢賢治の愛した鳥や植物


by nenemu8921