五輪峠

(略)
あゝこゝは
五輪の塔があるために
五輪峠といふんだな
ぼくはまた
峠がみんなで五っつあって
地輪峠水輪峠空輪峠といふのだらうと
たったいままで思ってゐた
地図ももたずに来たからな
(略)
                 詩「五輪峠」


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花巻市東和町五輪牧野五輪峠
ここは賢治が盛岡高等農林学校3年生のとき、江刺郡地質調査でよく歩いたところである。
現在では、上記の作品をもとに改作した文語詩「五輪峠」の詩碑が五輪塔にならぶように建立されている。

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五輪峠と名づけしは   地輪水輪また火風
(巌のむらと雪の松)   峠五つの故ならず

ひかりうづまく黒の雲   ほそぼそめぐる風のみち
苔蒸す塔のかなたにて  大野青々みぞれしぬ
                      文語詩「五輪峠」


作品の舞台設定は早春か。当時この峠は人首街道、遠野街道の要所だった。
今回(07.06.10)、訪れたときは、タニウツギがひっそり咲いていた。
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峠より見渡す大野…。
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# by nenemu8921 | 2007-06-11 11:41 | 場所 | Comments(4)
そして水に足を入れたとき、私たちは思はずばあっと棒立ちになってしまひました。向ふの楊の木から、まるでまるで百疋ばかりの百舌が、一ぺんに飛び立って、一かたまりになって北の方へかけて行くのです。その塊は波のやうにゆれて、ぎらぎらする雲の下を行きましたが、俄かに向ふの五本目の大きな楊の上まで行くと、本当に磁石に吸ひ込まれたやうに、一ぺんにその中に落ち込みました。みんなその梢の中に入ってしばらくがあがあがあがあ鳴いてゐましたが、まもなくしいんとなってしまひました。
                                         童話「鳥をとるやなぎ」


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画像提供は堀内洋助さん

ムクドリ(スズメ目ムクドリ科)
賢治の百舌はムクドリである。

テレビの画像で見るのとちがって、実際にこの光景に出会うと、誰だって不思議な感情に襲われると思う。

いつも画像のご協力を頂く堀内洋助さんは「渡良瀬有情」のHPにこの3月で区切りつけ、現在は東京新聞
「ゆめ・ぽっけ」で、≪探鳥≫
を連載中です。
# by nenemu8921 | 2007-06-05 01:01 | 鳥・動物 | Comments(4)

ムクドリ←賢治のもず

上を見ろ
石を投げろ
まっ白なそらいっぱいに
もずが矢ばねを叩いて行く
             詩「黄いろな花もさき」

停車場の方で、鋭い笛がピーと鳴りました。もずはみな、一ぺんに飛び立って、気違ひになったばらばらの楽譜のやうに、やかましく鳴きながら、東の方へ飛んで行きました。。
                                        童話「めくらぶだうと虹」
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画像提供はnamiheiさんです

もずが、まるで千疋ばかりも飛びたって、野原をずうっと向ふへかけて行くやうに見えましたが、今度も又、俄かに一本の楊の木に落ちてしまひました。
                                         童話「鳥をとるやなぎ」

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画像提供はfieldnoteさん

ムクドリ(スズメ目ムクドリ科)
九州以北で繁殖する。留鳥として村落付近や市街地に多く、芝生、耕地等を歩いて昆虫等をとり、樹上で木の実も食べる。夏から春には群れをつくり、電線、大木、鉄塔などに並んでとまる。ねぐらでは何万羽という大群になる。

賢治作品に登場する「もず」はみなムクドリである。標準和名もずは単独鳥で、縄張りを持ち、群れで生活することはない。当時の地方名でムクドリをもずと呼んでいたのである。
ムクドリの方言は実にたくさんあり、地方によってさまざまだった。モズ、モンズ、クソモズ、デロモズ、サクラモズ、ツグミ、ウマジラミ、モク、モクドリ、ナンブスズメ、ツガルスズメ、エチゴスズメ、ヤマスズメなど、仁部富之助は東北のムクドリの方言を採集している。
生態の描写を見れば、明らかである。
鳥の名前が標準和名で統一されたのちも、現代のようにムクドリがムクドリとして多くの人に認識されるようになったのは、テレビや出版物の普及によってビジュアルな情報があふれるようになってからだ。賢治の時代には性能のいい双眼鏡も入手しにくかったし、ハンディな野鳥図鑑もなかった。野外をよく歩いて詩作をした賢治にとっても、ムクドリは土地の人が呼ぶ「もず」だったのである。
宮沢賢治のモズはムクドリであることを最初に指摘したのは中谷俊雄だった。(「野鳥」1982.12月号)
童話「鳥をとるやなぎ」では、鳥をすいこむエレキの木があるというので、少年が友人の藤原慶次郎と放課後に、煙山にエレキの楊の木を探しに行く物語だ。
楊(ヤナギ)の大木にムクドリが群れて、ねぐら入りする光景が目に浮かぶ。その情景に出会った少年の不思議を感じる感覚が文学の母体だ。
郊外の竹やぶや森が開発されて、最近では駅前のケヤキ並み木や商店街の街路樹などにムクドリが群れて、フン公害や騒音などで話題になる。
野鳥にとっても、詩人にとっても、ツマラナイ時代でもある。

標準和名のモズは賢治作品には登場しないが、紹介しておきたい。
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画像提供は船橋の猛禽大好きさん

モズ(スズメ目モズ科)百舌
九州以北で繁殖」する。北部日本のものは秋に暖地に移動する。秋から早春には低地の村落付近の林、低木のある川原や農耕地、公園、広い庭等に単独ですむ。秋には枯れ枝や電線の上で高鳴きをし、2羽の百舌の縄張り争いをする姿も見かける。尾をゆっくりと回すように動かして枝や電線に止まり、地上に獲物を見つけると飛び降りて嘴で捕らえ、またもとの枝に戻って食べる。捕らえた獲物を小枝やとげに刺す習性があり、これを「百舌のはやにえ」という。
# by nenemu8921 | 2007-06-04 23:57 | 鳥・動物 | Comments(2)

ヒカリゴケ← 蛍光菌

(略)
わたくしが青ぐらい修羅をあるいてゐるとき
おまへはじぶんにさだめられたみちを
ひとりさびしく往こうとするか
信仰を一つにするたったひとりのみちづれのわたくしが
あかるくつめたい精進のみちからかなしくつかれてゐて
毒草や蛍光菌のくらい野原をただよふとき
おまへはひとりどこへ行こうとするのだ
(略)
                        詩「無声慟哭」


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ヒカリゴケ(ヒカリゴケ科ヒカリゴケ属)光苔
1目1科1属1種、絶滅危惧I類(CR+EN)に分類されている、原始的かつ貴重なコケ植物である。日本では北海道と中部地方以北の本州に分布し、日本以外ではロシア極東部・欧州北部・北米などの冷涼な地域に広く分布する。また、洞窟や岩陰などの暗く湿った環境を好む。
その名が示すように、洞窟のような暗所においては金緑色に光る。これは自発光しているのではなく、原糸体と呼ばれる個所が持つレンズ状の細胞により、暗所に入ってくる僅かな光を反射することによる。生育環境の変化に敏感で、僅かな環境変化でも枯死してしまうほどに脆い存在である。そのため、近年の大気汚染や地球温暖化などの影響を大きく受けてその個体数は減少し続けていると言われており、絶滅が危ぶまれている。
2006年6月、岩手県薬師岳で撮影したもの。

修羅のイメージとしての蛍光菌だが、光苔を紹介する。
自然科学的には貴重な苔である。
# by nenemu8921 | 2007-06-03 23:56 | 植物 | Comments(8)

野ばら

(略)
野ばらが咲いてゐる 白い花
秋には熟したいちごにもなり
硝子のやうな実にもなる野ばらの花だ
(略)
                 詩「習作」

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カジイチゴ(バラ科キイチゴ属)
海岸地方に自生し、人家にもよく植えられている落葉低木。果実は淡黄色に熟し、食べられる。

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ノイバラ(バラ科バラ属)野茨
山野にふつうに生える落葉低木。枝にはとげが多い。果実は直径6~9mmの卵形で赤く熟す。赤い実に雨滴がつけば硝子細工だ。

ここではキイチゴもノイバラも、一緒にして野ばらと呼んでいる。詩人のまなざしは、時としてミクロにも、アバウトにもなる。
詩人に倣って、キイチゴの画像を恣意に選んだ。この四月、拙宅周辺の川べりで見つけたもの。
ノバラは園芸種でも、たくさん種類があるが、賢治が愛したのは山野に自生するノイバラである。香りが高いが、花は散りやすく、写真には撮りにくい。
『春と修羅』第一集中の作品。「習作」とは、創作のエチュードの意か。春のスケッチ。
# by nenemu8921 | 2007-05-31 10:30 | 植物 | Comments(2)

うつぎ

野馬がかってにこさへたみちと
ほんとのみちとわかるかね?
(略)
その地図にある防火線とさ
あとからできた防火線とがどうしてわかる?

泥炭層の伏流が
どういふものか承知かね?

それで結局迷ってしまふ
そのとき磁石の方角だけで
まっ赤に枯れた柏のなかや
うつぎやばらの大きな藪を
どんどん走って来れるかね?

そしてたうたう日が暮れて
みぞれが降るかもしれないが
どうだそれでもでかけるか?

はあ さうか
                    詩〔野馬がかってにこさへたみちと〕


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ウツギ(ユキノシタ科ウツギ属)空木
山野にふつうに生え、高さ1~3mになる落葉低木。株立ち状になることが多い。髄が中空のため、この名がある。別名ウノハナ。

うつぎやばら(野茨)は、春、白い清楚な花を咲かせるが、みぞれが降り始める季節には、大きなやぶとなって、道に迷った者には厄介な相手だ。
1924年、10月、26日、詩人は小岩井農場で道に迷い、走ったり、牧夫に道を尋ねたりして、ようやく汽車に間に合って帰り着き、母にそのいきさつを語り「そして昼めしをまだ食べません/どうか味噌漬けをだしてごはんをたべさせてください」と結んでいる。その最初の形が「母に云ふ」という詩である。手入れされ改稿されると、まるで趣の異なる作品になった。
# by nenemu8921 | 2007-05-30 15:32 | 植物 | Comments(6)

ヘリオトロープ

まるでまるでいゝ音なんだ。切れ切れになって飛んでは来るけれど、まるですゞらんやヘリオトロープのいゝかをりさへするんだらう、その音がだよ。
                                         童話「黄いろのトマト」


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ヘリオトロープ(ムラサキ科キダチルリソウ属)
ペルー、エクアドル原産の多年草。花は甘いバニラのような香りを強く漂わせ、古くから香水の原料に使用された。非耐寒性。園芸種。
最近ガーデニングブームで種から入手して栽培することも容易になったが、子どものときは母の香水の名前かと思っていた。


博物館のガラスの戸棚のなかの蜂雀が語るお話。
ペンペルとネリの兄妹は、二人だけで愉快に暮らしていたのに、いい香りのする音に魅かれて、二人の世界を飛び出して、音のするほうへ駆け出していく…。そして、…かあいさうな想いをすることになる…。
いい音とは、スズランや、ヘリオトロープが香る音楽とはいったいどのようなものなのだろう。
# by nenemu8921 | 2007-05-28 21:40 | 植物 | Comments(2)

【140】 藤

ホロタイタネリは、小屋の出口で、でまかせのうたをうたひながら、何か細かくむしったものを、ばたばたばたばた、棒で叩いて居りました。
「山のうへから、青い藤蔓とってきた
  …西風ゴスケに北風カスケ…
 崖のうへから、赤い藤蔓とってきた
  …西風ゴスケに北風カスケ… 
 森の中から、白い藤蔓とってきた
  …西風ゴスケに北風カスケ…
 洞のなかから、黒い藤蔓とってきた
  …西風ゴスケに北風カスケ…
 やまのうへから、…」
 タネリが叩いてゐるものは、冬中かかって凍らして、こまかく裂いた藤蔓でした。
                  童話「タネリはたしかにいちにち噛んでゐたやうだった」


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ヤマフジ(マメ科フジ属)藤
山野に自生する落葉つる性木本。蔓は左巻きで他物に巻きつく。近畿以西に多いと図鑑にはあるが、これは関東、渡良瀬渓谷でこの5月上旬に撮影したもの。
庭園に植えられているのはノダフジ(野田藤)。蔓は右巻きで花は長く垂れ下がる。

長いタイトルのこの童話は、「赤い鳥」に、人を介して持ち込んだが、鈴木三重吉には採用されなかったと伝えられている作品。
タネリが藤蔓を叩いているのは、その樹皮を繊維にするためだ。大昔から藤の樹皮を繊維にして衣服を織っていたそうである。古事記に大変美しい女神がいて、ある兄弟の弟神が、母神に衣服、弓矢すべてを藤蔓で作ってもらい、女神の所へ行ったところ、衣服、弓矢のすべてに藤の花が咲き、女神と深い契りを結ぶことが出来たと言った話がある。現在でも帯などに藤布が使われている。
村童タネリは藤蔓を叩くという単調な労働に飽きて、向こうの野はらや丘が早春の気配をざわざわざわざわさせているので、思わず出かけていく。
全篇、「早春という季節特有の狂気がすみずみまでゆきわた」(天沢退二郎解説)っている賢治特有の世界である。
# by nenemu8921 | 2007-05-27 13:54 | 植物 | Comments(0)
それでは計算いたしませう
場所は湯口の上根子ですな
(略)
そしてやっぱり川からは
一段上になるでせう
畦やそこらに
しろつめくさが生えますか
上のほうにはないでせう
そんならスカンコは生えますか
マルコや ・ ・ はどうですか
土はどういふふうですか
くろぼくのある砂がゝり
はあさうでせう
けれども砂といったって
指でかうしてサラサラするほどでもないでせう
(略)
さてと今年はどういふ稲を植えますか
この種子は何年前の原種ですか
肥料はそこで反当いくらかけますか
(略)
               詩〔それでは計算いたしませう〕


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スイバ(タデ科ギシギシ属)←スカンコ
田畑のあぜ道など、人里近くにふつうに生える多年草。酸葉。
スイコ スカンコ スカンポ スイスイなど地方名も多い。葉や茎に、蓚酸(しゅうさん)カリウムを1%含み、酸っぱい。かっては、子ども達は若い葉や茎をかじって、味わった。酸葉は古代から、のどの渇きをいやすために、この葉を吸ったことに由来。若茎、若葉は食用。ハーブではソレルの名で親しまれている。
雌雄異株で、雄花と雌花は別の株につく。雌花は朱紅色。雄花は緑色。

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オオバコ(オオバコ科オオバコ属)大葉子←マルコ
人が踏みつけるような道端に多い多年草。マルコは地方名。他にもワダチソウ、オンバコ、ゲーロッパ、スモトリグサ、ズイコなどの地方名は200近くあるという。
漢名は車前(シャゼン)で、車の通る道によく生えることによる。
最近では、ヨーロッパ原産の帰化植物、ヘラオオバコが増えている。


宮沢賢治は農学校を退職後、羅須地人協会活動のかたわら、花巻およびその近郊に肥料設計事務所を開設して、農民の肥料相談に応じた。おもに、土壌改良、ことに酸性土壌の石灰混合による土性改良に力を注いだ。肥料設計とは、農地の土質や作物の条件に最も適した肥料の質、量とその配合などの見積もり計算をすること。
その折りの農民とのやり取りを詩にしたもの。これを読むと、日照、通風、土色、潅水、地味、地質、耕起、排水などの様子をこと細かくたずね、その上で指導していた様子がわかる。
スカンコ、マルコなどの土着的な表現は農民とのやり取りゆえであろう。
この種の肥料相談設計は2000件を超えたといわれる。その詳細な設計表も残されているが、肥料設計に関する詩も多い。
# by nenemu8921 | 2007-05-26 15:52 | 植物 | Comments(6)

【138】 アカシヤ

アカシヤの木の洋燈(ラムプ)から
風と睡さに
朝露も月見草の花も萎れるころ
鬼げし風のきもの着て
稲沼(ライスマーシュ)のくろにあそぶ子
             詩〔アカシヤの木の洋燈(ラムプ)から〕

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ハリエンジュ(マメ科)針槐←アカシヤ
明治初期に渡来した落葉高木。各地に広く植えられ、野生化している。別名ニセアカシア。
5、6月、大形の花序をたらし、芳香のある白色の蝶形花を開く。
明治期に日本に輸入された当初は、このニセアカシアをアカシアと呼んでいた。後に本来のアカシア(ネムノキ科アカシア属)の仲間が日本に輸入されるようになり区別するためにニセアカシアと呼ぶようになったが、今でも混同されることが多い。たとえば、札幌のアカシア並木も、アカシア蜂蜜として売られているものも、西田佐知子のヒット曲『アカシアの雨がやむとき』、石原裕次郎のヒット曲『赤いハンカチ』や北原白秋の『この道』に歌われる"アカシアの白い花"もすべてニセアカシアである。

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オニゲシ(ケシ科ケシ属)鬼芥子
西南アジアのアルメニア、イラン北東部、トルコが原産の多年草。山地の下部から丘陵地帯の、日当たりが良い砂礫の多い斜面や草原などに自生する。和名は、葉や茎に粗い毛があるところから。英名(oriental poppy)から、オリエンタルポピーとも呼ばれる。

「春と修羅」第三集中の作品。「アカシヤの木の洋燈」は房状に垂れる花を灯りに見立てたもの。稲沼(ライスマーシュ)は水田のこと。くろは田の畦。
農村の初夏のありふれた風景も、賢治のイーハトーブ用語に置き換えて翻訳されると、別の世界が立ち上がってくるようだ。
# by nenemu8921 | 2007-05-25 09:33 | 植物 | Comments(2)

宮沢賢治の愛した鳥や植物


by nenemu8921