【73】 アナグマ←洞熊

赤い手の長い蜘蛛と、銀いろのなめくじと、顔を洗ったことのない狸が、いっしょに洞熊学校にはひりました。洞熊先生の教へることは三つでした。
 一年生のときは、うさぎと亀のかけくらのことで、も一つは大きなものがいちばん立派だといふことでした。
それから三人はみんな一番にならうと一生けん命競争しました。
一年生のときは、なめくじと狸がしじゅう遅刻して罰を食ったために蜘蛛が一番になった。
なめくじと狸とは泣いて口惜しがった。
二年生のときは、洞熊先生が点数の勘定を間違ったために、なめくじが一番になり蜘蛛と狸とは歯ぎしりしてくやしがった。
三年生の試験のときは、あんまりあたりが明るいために洞熊先生が涙をこぼして眼をつぶってばかりゐたものですから、狸は本を見て書きました。そして狸が一番になりました。
                                   童話「洞熊学校を卒業した三人」


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画像提供はfieldnoteさん

ニホンアナグマ(イタチ科)←洞熊(ホラクマ)
イタチ科のアナグマはクマ(クマ科)の仲間ではない。その亜種であるニホンアナグマは、本州・四国・九州に広く分布している。生息密度は低いと考えられ、地域によっては絶滅の恐れもある。
名前から想像されるように、地下に巣穴を掘って家族単位の穴居生活をしている。そのため、穴を掘るためのきわめて長い爪を持っている。アナグマの足は丈夫である。一見クマのそれによく似ている。徹底した夜行性で野生のアナグマは、月夜には出歩くことがないという説もある。
タヌキと似ているため、混同されることも多かったようで、地方によっては、ムジナ、マミ、ササグマなどとも呼ばれていた。

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宮沢賢治の最初期の童話「蜘蛛となめくぢと狸」はブラックユーモアと素朴な風刺に満ちている。
この作品に手をいれ、寓話としたものが「洞熊学校を卒業した三人」である。
しかし、洞熊とは何だろうと思っていた。
最近、アナグマの生態を知る機会があり、なるほどと納得した。洞熊先生が明るいのが苦手なのは生態に基づくもっともな事情だったのである。
洞熊(ホラクマ)の洞は、洞、穴であり、ほら吹きのホラでもある。
そして狸伝説、ムジナ伝承のキャラクターも引きずってもいるということであろう。
賢治は改稿の折、いったんは山猫先生の案も試みた痕跡があるが、はるかにこの洞熊先生のネーミングのほうがすばらしい。
# by nenemu8921 | 2007-02-17 10:40 | 鳥・動物 | Comments(0)

【72】 蕗の薹

陶標春をつめたくて、   水松(いちい)も青く冴えそめぬ。

水うら濁る島の苔、    萱屋に玻璃のあえかなる。

瓶(へい)をたもちてうなゐらの、みたりためらひ入りくるや。

神農像に饌(け)ささぐと、   学士はつみぬ蕗の薹

                          文語詩「医院」


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フキ(キク科フキ属)
フキノトウは若い花茎をいう。早春の味として親しまれている。

賢治の文語詩は定稿だけではなかなか解しにくいが、下書き稿や題材の一部を共有している口語詩などを勘案すれば、イメージできる。
陶器製の表札を掲げた医院の庭先の情景を歌ったものと読めよう。
立春過ぎてのころであろうか。雪はまだだいぶ残っている。
島の苔は唐突だが、「いちゐの囲み池をそなへた小さな医院」と、口語詩にはあることから池の中の島と思われる。いちゐの葉は雪が融けてつややかに青々している。
萱屋は萱葺き屋根を指す。玻璃はここでは氷柱であろう。
新米の3人の看護婦が薬瓶をささげもって部屋に入ってくるのが見える。
(医院の医師でもあるかつての)学士はようやく顔をのぞかせたフキノトウを 神農像にそなえようと摘んでいる。
人々が慎ましやかに穏やかに、心足りて暮らしている時間が、こちらにも流れてくるような情景である。
神農像は中国の古い伝説上の人物。漢方薬の神としてあがめられていたという。
群馬の薬王園というハーブ園を訪れたら門前にこの神農像が立っていた。

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いちゐ(イチイ科イチイ属) 水松
寒い地方に多い常緑針葉樹。このように赤い実がつくのは9~10月。
# by nenemu8921 | 2007-02-13 00:02 | 植物 | Comments(2)
二疋の蟻の子供らが、手をひいて、何かひどく笑ひながらやって来ました。
そして俄かに向ふの楢の木の下を見てびつくりして立ちどまります。
「あつあれなんだらう。あんなとこに真白な家ができた」
「家ぢゃない山だ」
「昨日はなかつたぞ」
「兵隊さんにきいてみよう」
                      童話「朝に就ての童話的構図」


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画像提供はグッド群馬さん

コトヒラシロテングタケ(カサブタシロテングタケ)
蟻の視点から世界を見たら、ある朝森のなかに出現したキノコも家になり、山になり、大きな工事になって、大騒動になってしまいます。
この白いキノコが、これだと特定できるような論拠はないのですが、いかにも童話的な森の朝の構図にふさわしいなと、この画像を選んでみました。
このままケーキの上にのせられそうなメルヘンチックなキノコですが、ご用心ください。テングダケ科です。
この作品は従来「蟻ときのこ」の題名で全集などに収録されて来たが、「天才人」第6号(昭和8.3発行)にこの題名で発表したことから、最近の全集ではこのタイトルが採られている。
# by nenemu8921 | 2007-02-12 11:24 | きのこ | Comments(0)

【70】 天神さんの碑

この辺に天神さんの碑があった。
あの石の亀が碑の下から顔を出してゐるやつだ。
もう通りこしたかもしれない。
ふう、すばるがずうっと西に落ちた。
ラジュウムの雁、化石させられた燐光の雁。
             初期短編「ラジュウムの雁」


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天神さんの碑
賢治が勤めていた花巻農学校から鼬幣稲荷の東側を石神町に下りていく道が、
下り始めないあたりにこの天神さんの碑があったそうです。
当時は西公園と呼ばれて梅の名所でもありました。
この石碑は「稗貫菅公廟碑」(ひえぬきかんこうびょうひ)で、足元から亀が顔を出しています。
現在は少し南のほうへ移動していますが、石碑も亀も当時のまま残されています。
なぜか、亀は怒っているような表情ですね。

タイトルの「ラジュウムの雁」はすばる星団のことで、昴、スバルは賢治のお気に入りの星(星団)のひとつ。
# by nenemu8921 | 2007-02-11 01:04 | 場所 | Comments(0)
さあ来たぞ。すきな位とれ。左の方へは行くなよ。崖だから。」
そこは柏や楢の林の中の小さな空地でした。
私はまるでぞくぞくしました。
はぎぼだしがそこにもこゝにも盛りになって生えてゐるのです。
                               童話 「谷」


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画像提供はギュウギュウきのこさん

ホウキタケ(ホウキタケ科ホウキタケ属)
ハキボダシはホウキタケの方言。ハキは、ホウキの縮まった語、ボダシはモタシともいい、ひろくキノコを指す方言だという。ネズミノアシという別名もある。
ホウキダケは白く枝の先端だけ淡紫色に染まる。「谷」の主人公の私は、理助にだまされて、古い茶色のキノコばかり取らされる。
賢治はこの素材を晩年「秘境」という題で、文語詩に書いているが、そこではホウキダケとしている。
ギュウギュウきのこさんによれば、暗い森の中でもすぐにわかるくらい良く目立つ、サンゴのような美しいきのこだそうです。
イーハトーブに行く機会は多いのに、いまだにお目にかかったことはない。
一度味見をしたいものですね。

ある方からメールをいただいた。
ホウキタケといっても、キホウキタケとハナホウキタケは味見をしないほうがよろしいと。
下痢などおこしやすいそうです。
# by nenemu8921 | 2007-02-08 17:34 | きのこ | Comments(0)

【68】 ベニテングダケ

おい
けとばすな
けとばすな
なあんだ たうたう
    すっきりとしたコチニールレッド
    ぎっしり白い菌糸の網
    こんな色彩の鮮明なものは
    この森ぢゅうにあとはない
おーい!
りんと引っぱれ!
りんと引っぱれったら!
山の上には雲のラムネ
つめたい雲のラムネが湧く
            詩一〇五三 〔おい けとばすな〕


おい 
けとばすな

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画像提供はギュウギュウきのこさん

すっきりとしたコチニールレッド
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画像提供はギュウギュウきのこさん

ぎっしり白い菌糸の網
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画像提供はギュウギュウきのこさん

おおムスカリン
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画像提供はギュウギュウきのこさん

こんな色彩の鮮明なものは
この森ぢゅうにあとはない
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画像提供はギュウギュウきのこさん

なあんだ たうたう
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画像提供はギュウギュウきのこさん

ベニテングダケ(テングダケ科ベニテングダケ)
測量作業の途中で見つけた美しいベニテングダケ!! 
思わず「おい、けとばすな」と声をかけるが、むむむ……届かなかったようだ。
すっきりとしたコチニールレッドとは、この赤い色への賛辞である。コチニールは有機性の赤色染料のことで、テングダケにコチニールが含まれているわけではない。
傘の裏のひだは、ぎっしり白いが、文語詩に改作したときの下書稿では「純白精緻の菌糸網」とも表現している。
ムスカリンとは、有毒のアルカロイドのことで、このベニテングダケの学名がAmanita muscariaであることと重ねているのだ。
りんと引っぱれとは計測のためのテープだろうか。
残念。でも山上には雲がラムネの泡のようにさわやかに湧いている。
# by nenemu8921 | 2007-02-05 16:48 | きのこ | Comments(3)

【67】 さるのこしかけ

其の幹の、丁度楢夫の目位高い所に、白いきのこが三つできてゐました。
まん中のは大きく、両がはの二つはずっと小さく、そして少し低いのでした。
「ははあ、これがさるのこしかけだ。けれどもこいつへ腰をかけるやうなやつなら、
ずゐぶん小さな猿だ。」
                                童話「さるのこしかけ」


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サルノコシカケ
一口にサルノコシカケと言っても、たくさんの種類がある。
サルノコシカケは学問的には担子菌類(たんしきんるい)といわれる菌類で、ヒダナシタケ目のマンネンタケ科やサルノコシカケ科に属するキノコの総称。
さるのこしかけを見つけて思わず独り言を言った楢夫の前に、三匹の小猿が登場し、楢夫は猿たちに案内されて栗の樹の幹のなかへ入っていく。
原稿に「種山ヶ原 夢中の一情景」という書き込みがあるように、楢夫のコワイ夢体験である。
# by nenemu8921 | 2007-02-04 23:44 | きのこ | Comments(0)
小十郎がすぐ下に湧水のあったのを思ひ出して、少し山を降りかけたら愕いたことは母親とやっと一歳になるかならないような子熊と二疋、丁度人が額に手を当てて遠くを眺めるといった風に、淡い六月の月光の中を向うの谷をしげしげ見つめてゐるのにあった。
小十郎はまるでその二疋の熊のからだから後光が射すやうに思へて、釘付けになったやうに立ちどまってそっちを見つめてゐた。
すると小熊が甘えるやうに云ったのだ。
「どうしても雪だよ、おっかさん。谷のこっち側だけ白くなってゐるんだもの。どうしても雪だよ。おっかさん」
すると母親の熊はまだしげしげ見つめてゐたがやっと云った。
「雪でないよ、あすこへだけ降る筈がないんだもの。………おかあさまはわかったよ、あれねえ、ひきざくらの花」
「なぁんだ、ひきざくらの花だい。僕知ってるよ。」
………
小十郎はなぜかもう胸がいっぱいになって、もう一ぺん向ふの谷の白い雪のやうな花と余念なく月光をあびて立ってゐる母子の熊をちらっと見て、それから音をたてないやうにこっそりこっそり戻りはじめた。
くろもじの木の匂ひが月のあかりといっしょにすっとさした。
                                      童話「なめとこ山の熊」


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ひきざくら(セキザクラとも)
岩手、秋田両県に通用するコブシの方言名。
春早く山の木がまだ一本も青くならないころの出来事である。
聖なる時間が流れているような会話の話題としてコブシはいかにもふさわしい。

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画像提供はyonoさん
# by nenemu8921 | 2007-02-02 01:15 | 植物 | Comments(2)
賢治作品にはたくさんのマグノリアが登場する。
辛夷(こぶし)であったり、ひきざくらだったり、厚朴(ホオノキ)だったり、表記も呼び名もさまざまであるが、それらはすべてマグノリアである。
モクレン科モクレン属の学名がMagnoliaceae Magnolia、マグノリアである。
けれども、作品を読み込んでいくと、それらのイメージはそれぞれ限定できそうだ。

直き時計はさま頑く、       憎に鍛えし瞳は強し
さはあれ攀ぢる電塔の、      四方に辛夷の花深き。

南風(かけつ)光の網織れば、  ごろろと鳴らす碍子群、
艸火のなかにまじらひて、     蹄のたぐひけぶるらし。

                      文語詩「電気工夫」


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画像提供はyonoさん

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画像提供はyonoさん

コブシ(モクレン科モクレン属)辛夷
山野に自生する落葉高木。早春、桜に先駆けて咲く。握りこぶしを思わせるつぼみからコブシの名の由来という説もある。

電塔に攀じ登ろうとする電気工夫は正確な時計のように頑なで融通の利かない男。
するどい視線でなぜか憎しみに燃えている。
登れば、男の視界は開け、眼下には、あちこちに咲く白いこぶしの花が群れている。
南からの風に運ばれてまぶしく光が降り注ぎ、送電線も光って揺れ、揺れた碍子はごろろと鳴る。
枯れ草を焼く野火も遠く見え、牛か、馬か、煙にかすんでいるようだ。と読めようか。

この文語詩の最初の形は、詩ノートで、「あっちもこっちもこぶしのはなざかり」と始まっている。
はなざかりのこぶしは長い冬の終わりを告げている。
閉ざされた男の心も春をかんじ解放されただろうか。
# by nenemu8921 | 2007-01-29 23:22 | 植物 | Comments(4)

【64】 あぜみの花

「アンドロメダ、
あぜみの花がもう咲くぞ、
おまへのラムプのアルコホル、
しゆうしゆと噴かせ。」
       童話「水仙月の四日」


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アセビ(ツツジ科アセビ属)馬酔木
やや乾燥した山地に生える常緑低木。3,4月に壺状の花を無数につける。自生のものは白い花。これは園芸種。
有毒植物で馬が食べると苦しむことからこの字を当てたという。

馬酔木の英名がandromedaであることから、北天の星座を挑発し、地上の春に咲く花と競わせた発想を指摘したのは谷川雁氏だった。
天と地のアンドロメダの呼応。
壺型の小さな花をランプにたとえているが、短歌では馬酔木をまひるの月あかりとしているのも面白い。

月あかりまひるの中に入り来るは馬酔木の花のさけるなりけり
                                   歌稿791

あぜみ咲きまひるのなかの月あかりこれはあるべきことにあらねど
                                   歌稿792

# by nenemu8921 | 2007-01-25 01:26 | 植物 | Comments(2)

宮沢賢治の愛した鳥や植物


by nenemu8921