【113】 タンポポ

まくろなる流れの岸に
根株燃すゆふべのけむり
こらつどひかたみに舞ひて
たんぽゝの白き毛をふく

丘の上のスリッパ小屋に
媼ゐてむすめらに云ふ
かくてしも畑みな成りて
あらたなる艱苦ひらくと
     
       文語詩「宗谷(一)」


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セイヨウタンポポ(キク科タンポポ属)
帰化植物。明治時代に渡来し、現在では最も普通のタンポポになっている。
明治のころ北海道で野菜として栽培されたものが野生化したという。

タイトルから、作品の舞台は北海道か。アイヌ部落の情景か。
黒々とした流れの岸に昨夜の焚き火のなごりがけぶっている。掘りあげた木の根株を燃したのだ。子どもたちは集って互いに踊ったり、タンポポの綿毛を吹き飛ばしたりしている。
丘の上には枕木の廃材で建てた小屋があり、老婆が娘たちにいうのだ。「開墾して畑ができたが、これからがまたたいへん苦労だよ」と。
意訳すれば、こんな内容の詩である。
下書き稿では、媼が娘たちに恋愛について語っていたのだが……。
タンポポの綿毛はいつの時代も、子ども達の玩具である。
# by nenemu8921 | 2007-04-19 23:36 | 植物 | Comments(0)
古びた水いろの薄明穹のなかに
巨きな鼠いろの葉牡丹ののびたつころに
パラスもきらきらひかり町は二層の水のなか
  そこに二つのナスタンシャ焔
  またアークライトの下を行く犬
    (以下略)             
            詩〔古びた水いろの薄明穹のなかに〕

ナスタンシャ
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ナスタチューム(ノウゼンハレン科キンレンカ属)
和名を金蓮花という。ノウゼンハレンは凌霄葉蓮。
ハーブの仲間として人気がある。花、葉、茎、種も食用に適す。さわやかな辛味があってサラダなどに向く。
栽培は簡単。耐寒性はないが、こぼれ種で発芽し、丈夫に育つ。
最近では珍しくもない園芸種だが、この時代にこんな花も栽培していたのだろうか。ナスタンシャという表現を理解できた読者はいただろうか。

古びた水いろの薄明穹とは、ここでは夕暮れどきの雰囲気の賢治風形容である。
パラス ( Pallas) は太陽系の小惑星の一つ。1802年3月28日にドイツの天文学者ハインリヒ・オルバースにより発見され、ギリシア神話に登場するトリトンの娘パラスにちなんで命名された(ギリシア神話にはもう一人、パラスという名の男性が登場するが、初期の小惑星はすべて女性名が付けられた)。
実際に小惑星が肉眼で見えるわけではなく、その存在を感じるような…雰囲気、心情というところ。
二層の水のなかは、夕闇の暗さと明るさと。あるいは春と冬との空気感か。
アークライトはアーク燈。弧光燈。当時の街灯。
春。葉牡丹の茎が立つ季節にはナスタチュームも焔のように咲きはじめた。
葉牡丹の画像日付でも明らかなように、ここ関東では今時分の光景だが、作品には1927年、5月7日の日付がある。「詩ノート」の作品。この時期の詩はモノローグ風のものが多い。
# by nenemu8921 | 2007-04-16 18:47 | 植物 | Comments(2)

【111】 葉牡丹 

古びた水いろの薄明穹のなかに
巨きな鼠いろの葉牡丹ののびたつころに
パラスもきらきらひかり町は二層の水のなか
  そこに二つのナスタンシャ焔
  またアークライトの下を行く犬
    (以下略)             
            詩〔古びた水いろの薄明穹のなかに〕


葉牡丹
07年2月24日
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07年3月18日
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07年4月3日
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07年4月16日
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ハボタン(アブラナ科アブラナ属)葉牡丹
耐寒性の園芸植物の一種。江戸時代の日本で、ヨーロッパから渡来したキャベツを改良して作られた。賢治作品ではたびたび登場し、羽衣甘藍、縮葉甘藍と書いて、ケールのルビをふった表記が多い。
寒冷地の岩手では、冬場の華やかさを演出し、育てやすい植物だったのだろうが、賢治の時代、まだまだ珍しい植物だったのではないかと思う。
園芸図鑑によれば、戦後に冬の花壇用として品種が増え、現在では世界各地で栽培されているという。
賢治という人は時代の先をひとり孤独に走っていく人だった。
この作品では、「このお児さんは植物界に於る魔術師になられるでありませう」という謎のような詩句が続くのも、賢治の潜在的な願望を感じるのである。
俳諧ではキャベツや菜の茎が伸びることをくくだち(茎立ち)といい、春の季語だという。
美しくない画像で恐縮だが、身近な葉牡丹をこの春はゆっくり観察したので、資料として紹介します。
# by nenemu8921 | 2007-04-16 12:53 | 植物 | Comments(4)

【110】 梨の花

毘沙門の堂は古びて、     梨白く花咲きちれば、
胸疾みてつかさをやめし、   堂守の眼やさしき。

中ぞらにうかべる雲の、     蓋やまた椀(まり)のさまなる、
川水はすべりてくらく、      草火のみほのに燃えたれ。

                 文語詩〔毘沙門の堂は古びて〕


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ナシ(バラ科ナシ属)梨
ナシ(和なし、日本なし)は、日本の中部地方以南や朝鮮半島南部、中国を原産とする野生種ヤマナシ(ニホンヤマナシ、Pyrus pyrifolia)を基本種とする栽培品種群のことである。
15mほどの落葉高木。花期は4月ごろで、葉の展開とともに5枚の白い花弁からなる花をつける。秋には黄褐色でリンゴに似た球形の果実がなり、食用として重要である。栽培品種では直径10~18cm程度で8月下旬から11月頃に収穫される。

作品の毘沙門の堂は岩手県花巻市東和町成島にある毘沙門天像を祀った堂のこと。
つかさは、役所、官庁などのこと。
蓋は貴人や仏像などの頭上にさしかけるかさやおおい。
椀(まり)は酒や水を盛る器。

賢治作品では、その童話から、ヤマナシが有名だが。
梨といえば、その果実は誰もが知っているが、花も美しい。
桜の華やかさに比して、どこか、さびしい印象がある。
# by nenemu8921 | 2007-04-15 07:09 | 植物 | Comments(2)
Largoや青い雲滃(かげ)やながれ
くゎりんの花もぼそぼそ暗く燃えたつころ
    延びあがるものあやしく曲り惑むもの
    あるいは青い蘿(ら)をまとふもの
  (略)
          詩〔Largoや青い雲滃(かげ)やながれ〕

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カリン(バラ科ボケ属)花梨
広く庭園に植えられている落葉高木。幹は高さ8mほどになる。
果実は大形の長楕円形で、長さ10cmほど。黄色に熟し、芳香がある。

Largo(ラルゴ)は音楽用語で、きわめて遅く、ゆったりと堂々としての意。
雲や季節のゆったりとした変化の形容か。
カリンの花は確かに華やかではないが、ぼそぼそ暗く燃え立つというイメージでもない。
これは作者の心象が反映されての表現だろう。
羅(ら)はツタの意。
カリンの花咲く季節は、木々もぐんと延び、枝も曲がり、新緑の蔓もひろがる。

ゼンソクや咳に薬効ありというので、カリン酒を漬けたことがある。
種の渋みが残りジュース党には不評、のん兵衛には果実酒は甘くて不評。
ジャムを作ったこともある。舌触りがざらついて不評。
かくて、カリンは車の中におき、芳香剤として使用。でも、カーブの度にごろごろするんですよ。

追記
新しいスキンが評判がよくないので、また以前のパターンに戻しました。
変化はあったほうが新鮮といつも思いますが、落ち着かない変化もあります。
# by nenemu8921 | 2007-04-14 20:40 | 植物 | Comments(0)

【108】接骨木(ニワトコ)

あちこちあをじろく接骨木(にはとこ)が咲いて
鬼ぐるみにもさはぐるみにも
青だの緑金だの
まばゆい大きな房がかかった
(略)
            詩〔あちこちあをじろく接骨木が咲いて〕


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ニワトコ(スイカズラ科ニワトコ属)接骨木
高さ3~5mの落葉低木。早春、淡黄色の小花を円すい状に多数つける。
髄は白色で、植物実験のピスの材料に利用する。
材のせんじ汁、あるいは黒焼きを接骨の湿布にするから接骨木などと諸説ある。

ニワトコの花があちこちに咲き出す景色は里山の春だ。
この作品は1925年5月25日の日付がある。
ここ南関東と東北花巻では1ヵ月半の時間差だ。
今年は東北でも早い春だろうか。
# by nenemu8921 | 2007-04-13 23:48 | 植物 | Comments(0)
風はそらを吹き
そのなごりは草をふく
おきなぐさ冠毛の質直(しつぢき)
松とくるみは宙に立ち
   (どこのくるみの木にも
    いまみな金のあかごがぶらさがる)
ああ黒のしやつぽのかなしさ
おきなぐさのはなをのせれば
幾きれうかぶ光酸(くわうさん)の雲
              詩「おきなぐさ」


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オキナグサ(キンポウゲ科オキナグサ属)
最近はオキナグサの自生しているところが少なくなった。
カタクリは、あちこちで植生して、保護しているところが多いけれども。
これは市内の万葉植物園でわずかに残った株。
質直は、仏教語で素直なことの意。
賢治はオキナグサがたいそうお気に入りだったらしく、童話「おきなぐさ」は、この野の花への賛歌である。
うずのしゅげという名はこんな時期に出会うとなるほどと思う。

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画像提供はyonoさん

オニクルミ(クルミ科クルミ属)
山野の川沿いにごく普通に生える落葉高木。
オキナグサが冠毛にかわる季節に、クルミは雄花をこのようにぶらさげる。
どこのくるみの木にもいま金のあかごがぶらさがるとは、こんな光景だろうか。
賢治はすばらしいものには金の、黄金のといった形容詞を付けることが少なくない。
# by nenemu8921 | 2007-04-13 10:25 | 植物 | Comments(6)
湧水(みづ)を呑まうとして
犬の毛皮の手袋などを泥に落し
あわててぴちゃぴちゃ
きれいなcressの波で洗ったりするものだから
きせるをくはえたり
日光に当ったりしてゐる
小屋葺替への村人たちが嗤ふのだ
          詩〔湧水(みづ)を呑まうとして〕


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オランダガラシ(アブラナ科オランダガラシ属)和蘭芥子
cressはwatercress(英)で、クレソン,オランダガラシのこと。
明治の初期に渡来した帰化植物。若い葉には特有の辛みがあって食用とされ、ステーキの付け合せとしてなじみ深い。
はじめ外国人用に栽培されていたものが野生化し各地に広まった。
清流の水辺などに群生する多年草。
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スジグロシロチョウだろうか。蝶や昆虫はよくわからないので間違っていたらご教示願いたい。
今日はあたたかく、風もなかったので郊外まで出かけた。
谷地にはクレソンの群落が広がっていた。

宮沢賢治の詩は、その多くがこの作品のように、野外を歩き、出会った事物のスケッチと心象との二重奏である。
フィールドワークしていると、作品世界が身近に感じられてくる。
葺替(ふきかえ)は、茅、藁、板などで、屋根をふきかえること。
# by nenemu8921 | 2007-04-12 20:50 | 植物 | Comments(8)

【105】 しゃが

しやが咲きて
きりさめ降りて
旅人は
かうもりがさの柄をかなしめり
         歌稿〔B〕186


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シャガ(アヤメ科アヤメ属)射干
人里近くの林下に群生する多年草。古い時代に中国から渡来したといわれている。

シャガの咲く風景は霧雨がよく似合う。
咲き、降りと、動詞につなげた接続助詞を繰り返して使用し、時間がたゆたうような浮遊感を感じさせる。
旅人の背景は明かされまま、かうもりがさという小道具が寂寥感をにじませ、美しい句にまとまっている。
# by nenemu8921 | 2007-04-11 00:32 | 植物 | Comments(2)
けだし音楽を図形に直すことは自由であるし、おれはそこへ花で BeethovenのFatasyを描くこともできる。さう考へた。
 (略)

(どんな花を植えるのですか。)
(来春はムスカリとチュウリップです。)
                 短編「花壇工作」


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ムスカリ(ユリ科ムスカリ属)
ヨーロッパ原産。ブドウの房のようだというので、グレープヒヤシンスの別名もある。
ムスカリやチューリップで描いたベートーベンのファンタジーとはどんなものだったろう。

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チューリップ(ユリ科チューリップ属)
花の名前を知らないという男の人でも、チューリップだけは知っている。
だが、賢治の時代、地方都市では珍しい花だった。
最近では、さまざまな園芸種が生まれて、春の花壇の主役といったふうだ。
かつて鬱金香(うこんこう)とも呼ばれ、賢治の他の作品では、その名で登場するが、賢治の筆にかかると、どこか懐かしいレトロなムードで迫ってくるから不思議だ。
# by nenemu8921 | 2007-04-10 15:14 | 植物 | Comments(4)

宮沢賢治の愛した鳥や植物


by nenemu8921