アルメリア
2013年 06月 12日
(略)
《これをほしくて来たのです……》
賢治がゆびさして教えてくれた。それは、みどりいろに銀のへりのある細い葉の草で、
桃いろの丸い小さな花がついていた。花壇のへりや、通りみちのかたわらに、たくさん咲き盛っていた。
花壇のりんかくを撮るための可憐な花であった。
賢治は小屋から持ってきた移植ベラで、そのかわいらしい花をどんどん掘り出した。
私はあっけにとられて、ぼんやり立ったままで、見ていた。心のどこかで私は考えた。
《花どろぼうは、どろぼうのうちにははいらない》と、聞いたことを。
賢治は、その草花を掘ると、幾株かのかたまりの根から、ていねいに土をふるいおとした。
それを持ってきた紙に包むと、洋服のポケットごとに、いっぱいにふくらむほど入れた。
そして、ニコニコ笑いながらいった。
《これは、とてもふえるんです。人のいないところだから、花どろぼうですね……》
森荘已池『宮沢賢治の肖像』より。

宮沢賢治が詩友の森荘已池さんを連れて、母校盛岡高等農林のキャンパスを
訪ねた時の思い出話です。大正14年の5月のある日曜日。
このときの花は何だろうと気になると思いますが、伊藤光弥さんは次のように書いています。
「(略)森が丁寧に覚えていたので、この花がアルメリアだったことがわかる。
アルメリアは和名をハマカンザシといい、花壇の縁取りなどに使われる。
アルメリアには緑葉に銀のへりがある斑入り種も確かにある。
伊藤光弥『イーハトーブの植物学』

アルメリア(イソマツ科ハマカンザシ属) Armeria vulgaris アルメリア、浜簪。
最近花屋で見かけるものは改良種が多く、多彩ですが、グランドカバーに使われる植物みたいですね。
これは千葉市花の美術館で5月に撮影したもの。
あっ、最近花の美術館はリニューアルされて、<u>三陽メディア・フラワーミュージアムと名称も変りました。
宮沢賢治といえば、オキナグサやカタクリなどの野の花を愛した人、というイメージが強いし、そのとおりだと
思いますが、一方で、当時、珍しかった(東北の戦前ですから)西洋の草花の種を、たくさん取り寄せて、栽培したり、
花壇設計をしたことも知られています。
残された手帳やノートなの記述を丁寧に読むと、かなり多くの種類の園芸種を大量に育てていたようです。
昨今では、ガーデニングは多くの愛好家がいるわけですが、戦前の東北で、周辺の人が見たこともないような
美しい花々を沢山栽培していたなんて驚きですね。
例えば、ペチュニアやリナリア、オーニソガラム、ネメシア、クラーキア、ポーチュラカ、スキザンサス、
モクセイソウ、ゴテチア、ダッチアイリスなどなど。多くが学名の記述です。
詩や童話で、登場する園芸種は多くはないのですが、メモを見るとくらくらしそうです。
今後は、折々に、賢治の手帳やノートのメモから、園芸植物も紹介していきたいと思います。
お付き合いくださいね。
《これをほしくて来たのです……》
賢治がゆびさして教えてくれた。それは、みどりいろに銀のへりのある細い葉の草で、
桃いろの丸い小さな花がついていた。花壇のへりや、通りみちのかたわらに、たくさん咲き盛っていた。
花壇のりんかくを撮るための可憐な花であった。
賢治は小屋から持ってきた移植ベラで、そのかわいらしい花をどんどん掘り出した。
私はあっけにとられて、ぼんやり立ったままで、見ていた。心のどこかで私は考えた。
《花どろぼうは、どろぼうのうちにははいらない》と、聞いたことを。
賢治は、その草花を掘ると、幾株かのかたまりの根から、ていねいに土をふるいおとした。
それを持ってきた紙に包むと、洋服のポケットごとに、いっぱいにふくらむほど入れた。
そして、ニコニコ笑いながらいった。
《これは、とてもふえるんです。人のいないところだから、花どろぼうですね……》
森荘已池『宮沢賢治の肖像』より。

宮沢賢治が詩友の森荘已池さんを連れて、母校盛岡高等農林のキャンパスを
訪ねた時の思い出話です。大正14年の5月のある日曜日。
このときの花は何だろうと気になると思いますが、伊藤光弥さんは次のように書いています。
「(略)森が丁寧に覚えていたので、この花がアルメリアだったことがわかる。
アルメリアは和名をハマカンザシといい、花壇の縁取りなどに使われる。
アルメリアには緑葉に銀のへりがある斑入り種も確かにある。
伊藤光弥『イーハトーブの植物学』

最近花屋で見かけるものは改良種が多く、多彩ですが、グランドカバーに使われる植物みたいですね。
これは千葉市花の美術館で5月に撮影したもの。
あっ、最近花の美術館はリニューアルされて、<u>三陽メディア・フラワーミュージアムと名称も変りました。
宮沢賢治といえば、オキナグサやカタクリなどの野の花を愛した人、というイメージが強いし、そのとおりだと
思いますが、一方で、当時、珍しかった(東北の戦前ですから)西洋の草花の種を、たくさん取り寄せて、栽培したり、
花壇設計をしたことも知られています。
残された手帳やノートなの記述を丁寧に読むと、かなり多くの種類の園芸種を大量に育てていたようです。
昨今では、ガーデニングは多くの愛好家がいるわけですが、戦前の東北で、周辺の人が見たこともないような
美しい花々を沢山栽培していたなんて驚きですね。
例えば、ペチュニアやリナリア、オーニソガラム、ネメシア、クラーキア、ポーチュラカ、スキザンサス、
モクセイソウ、ゴテチア、ダッチアイリスなどなど。多くが学名の記述です。
詩や童話で、登場する園芸種は多くはないのですが、メモを見るとくらくらしそうです。
今後は、折々に、賢治の手帳やノートのメモから、園芸植物も紹介していきたいと思います。
お付き合いくださいね。
アルメニア、可愛い花ですね。
色も綺麗です。
アルメニアというHNのご婦人がいたが、暫く会っていない。
元気にしてるのかな~~。
この花を見て、思い出しました。
色も綺麗です。
アルメニアというHNのご婦人がいたが、暫く会っていない。
元気にしてるのかな~~。
この花を見て、思い出しました。
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戦前は日本もいい時代があったようですね
亡くなった父も高等農林に行った親戚から随分変わった
苗木や花の種をもらったようで、昔は我が家の庭も珍しい花が咲いていました
この可愛い花が目当てなんて賢治も可愛いですね
亡くなった父も高等農林に行った親戚から随分変わった
苗木や花の種をもらったようで、昔は我が家の庭も珍しい花が咲いていました
この可愛い花が目当てなんて賢治も可愛いですね
マングースさん。
おっしゃるとおりです。
賢治作品や賢治像を考える上で、当時の時代環境にイマジネーションを
働かせる必要があります。
当時の人の話ではヒヤシンスやチューリップもたいへん、
珍しいものだったそうです。
当時、賢治の生き方を金持ちの坊ちゃんの道楽と陰口を利いた人も
いたようですが。理解されなかった面もあるようです。
おっしゃるとおりです。
賢治作品や賢治像を考える上で、当時の時代環境にイマジネーションを
働かせる必要があります。
当時の人の話ではヒヤシンスやチューリップもたいへん、
珍しいものだったそうです。
当時、賢治の生き方を金持ちの坊ちゃんの道楽と陰口を利いた人も
いたようですが。理解されなかった面もあるようです。
rinrinさん。
ご親戚が高等農林出身ですか。
高等農林出身は当時としてはエリートだったのですね。
賢治はイギリスのサットン協会からタネを取り寄せていたと言われていますが、
学校にも窓口があったのかもしれませんね。
ご親戚が高等農林出身ですか。
高等農林出身は当時としてはエリートだったのですね。
賢治はイギリスのサットン協会からタネを取り寄せていたと言われていますが、
学校にも窓口があったのかもしれませんね。
アルメニアですか・・・・・。お初にお目にかかります。
園芸植物って学名がそのまま使われるのが多いですよね。
今は雑草化している草の中にも、
昔は園芸植物として花壇に植えられていて
時代の最先端だったりした・・・・・・のでしょう。
園芸植物って学名がそのまま使われるのが多いですよね。
今は雑草化している草の中にも、
昔は園芸植物として花壇に植えられていて
時代の最先端だったりした・・・・・・のでしょう。
tsukeyさん。
まあ、長引きそうなのですか。
少し熱中しすぎましたものね。(^_-)-☆
ご無理は出来ませんね。 お大事になさってくださいね。
撮影も編集もゆっくり、ていねいに。(^.^)(^.^)
まあ、長引きそうなのですか。
少し熱中しすぎましたものね。(^_-)-☆
ご無理は出来ませんね。 お大事になさってくださいね。
撮影も編集もゆっくり、ていねいに。(^.^)(^.^)
by nenemu8921
| 2013-06-12 15:32
| 園芸植物
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Comments(12)

