栄浜(現スタロードゥブスコエ)
2006年 11月 09日
西の山地から吹いて来たまだ少しつめたい風が、私のみすぼらしい黄いろの上着をぱたぱたかすめながら、何べんも何べんも通って行きました。(略)
「おれは内地の農林学校の助手だよ。だから標本を集めに来たんだい」(略)
「何の用でここへ来たの、何かしらべに来たの、しらべに来たの、何かしらべに来たの」
「何してるの、何を考えてるの、何かみてるの、何かしらべに来たの」(略)
「そんなにどんどん行っちまはないで、せっかくひとへ物を訊いたら、しばらく返事を待ってゐたらいいじゃないか」(略)
けれども、それもまた風がみんな一語づつ切れ切れに持って行ってしまひました。(略)
そして、ほんとうに、こんなオホーツク海のなぎさに座って、乾いて飛んでくる砂やはまなすのいい匂いを送ってくる風のきれぎれのものがたりを聴いてゐると、ほんとうに不思議な気持ちがするのでした。(略)
童話「サガレンと八月」
大正12年8月4日宮沢賢治はこの栄浜(現スタロードゥブスコエ)を訪れました。
そのときの体験も交えてこの童話が描かれていると思われます。
風が運んできた切れ切れの言葉を、つむいだものがたりです。
2005年、7月29日、私がここを訪れたとき、風はやはり何か、叫んでいるようでした。