【140】 藤
2007年 05月 27日
「山のうへから、青い藤蔓とってきた
…西風ゴスケに北風カスケ…
崖のうへから、赤い藤蔓とってきた
…西風ゴスケに北風カスケ…
森の中から、白い藤蔓とってきた
…西風ゴスケに北風カスケ…
洞のなかから、黒い藤蔓とってきた
…西風ゴスケに北風カスケ…
やまのうへから、…」
タネリが叩いてゐるものは、冬中かかって凍らして、こまかく裂いた藤蔓でした。
童話「タネリはたしかにいちにち噛んでゐたやうだった」
ヤマフジ(マメ科フジ属)藤
山野に自生する落葉つる性木本。蔓は左巻きで他物に巻きつく。近畿以西に多いと図鑑にはあるが、これは関東、渡良瀬渓谷でこの5月上旬に撮影したもの。
庭園に植えられているのはノダフジ(野田藤)。蔓は右巻きで花は長く垂れ下がる。
長いタイトルのこの童話は、「赤い鳥」に、人を介して持ち込んだが、鈴木三重吉には採用されなかったと伝えられている作品。
タネリが藤蔓を叩いているのは、その樹皮を繊維にするためだ。大昔から藤の樹皮を繊維にして衣服を織っていたそうである。古事記に大変美しい女神がいて、ある兄弟の弟神が、母神に衣服、弓矢すべてを藤蔓で作ってもらい、女神の所へ行ったところ、衣服、弓矢のすべてに藤の花が咲き、女神と深い契りを結ぶことが出来たと言った話がある。現在でも帯などに藤布が使われている。
村童タネリは藤蔓を叩くという単調な労働に飽きて、向こうの野はらや丘が早春の気配をざわざわざわざわさせているので、思わず出かけていく。
全篇、「早春という季節特有の狂気がすみずみまでゆきわた」(天沢退二郎解説)っている賢治特有の世界である。