ワサビ
2007年 12月 01日
わさび田ここになさんとて、 枯草原にこしおろし、
たばこを吸えばこの泉、 ただごろごろと鳴り申す。
それわさび田に害あるもの、 一には野鳥、二には蟹、
三には視察、四には税、 五は大更の酒屋なり。
(略)
文語詩〔西のあをじろがらん洞〕
山間の谷川の浅瀬に生える多年草。刺身や寿司にはつきものの香辛料としてよく知られ、栽培も盛んに行われている。根茎は太い円柱形で多くの節がある。茎は高さ20~40cmになり、柄のある心臓形の葉を数枚つける。3~5月に、まばらな総状花序に白花を開く。
大更(おおぶけ)は、少し前までは西根町と呼ばれていたが、現在は八幡平市である。
湧き水を前にタバコを一服し、このあたりでわさび田を作ろうかという思案である。
しかし、わさび栽培を成功させるのは大変らしい。野鳥や沢蟹の害のほかに、視察団や税務署もうるさいし、また儲けたお金で駅前の酒屋に入り浸りになりそうだというのである。
板谷栄城氏によれば、賢治の時代には、西根でワサビを栽培していた沢口寅吉さんという人がいたらしい。寅吉氏は先進地の宮守村を見学し、害のある「一には野鳥」を防ぐ多いの網をかけたら、一番害のあるのは人間の泥棒だったと言う。収穫したワサビは刻んで酒粕漬にし、盛岡の十三日町で「岩手名産山葵漬」という紺地白抜きのラベルを作り、大更駅前の西洋館の杉本商店で販売したという。
沢蟹はワサビを食べないそうである。(「賢治が感じた植物」『宮沢賢治16』洋々社 所収)
イーハトーブのワサビといえば、宮守のワサビビール、ワサビだんごは、忘れられない味です。
画像は11月中旬に訪れた長野県安曇野のワサビ農場です。
賢治の詩は社会派でもあるのですね。税務署はワサビ作りに税金をかけ、酒造りにも税金をかける。ささやかな癒しを求めて酒屋に入り浸る者は更に税金を払う羽目になる。
ワサビ泥棒!あり得る話ですね。この辺ではホームレスに畑の野菜を盗まれるという話です。
ところでワサビ田を見たのはもう半世紀も前の事です。写真のようなワサビ田を是非見てみたいものです。
ご心配をおかけしました。
この文語詩は、ご指摘のように皮肉な口調ですが、どこか、とぼけた雰囲気があるのは文語の定型のリズムのせいでしょうか。
泥棒の中でも、収穫物を奪うというのは一番卑怯な印象を受けますね。
でも、ホームレスが犯人となると、犯罪そのものがまた卑小ですね。
ワサビ田、ここ安曇野のワサビ農場は、観光客が多くて、生産が間に合わず、韓国から輸入していると土地の方から聞きました。
どんな野鳥が? 新芽ですかね?
北アルプス登山には訪れますが、かの有名なわさび園には行ったことがありません。
「わさび田ここになさんとて」というのは賢治自身ではなく、賢治の知友?――沢口寅吉さん――なのでしょうか。それにしても枯草原をわさび田にしようという創挙の期待と不安、そのことへの賢治の位置も微妙で単純に共感とも言えないような不思議な諧謔調リズムの詩ですね。
ご尊父様のご冥福をお祈りいたします。
ご指摘が鋭いですね。
賢治の文語詩の人称は、手法としても微妙な問題です。
下書き稿で三人称であったものが、手を入れて改稿を重ねていくうちに一人称になったりします。よく取り上げられるのが〔盆地に白く霧よどみ〕などです。
ここではわざと主語をぼかしていますね。
板谷栄城氏も、解釈せずに、背景の周辺資料を提示しているだけです。
しかし、これは私の方で裏づけを確認していないので、ご紹介にとどめました。