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タグ:土製調査慰労宴 ( 1 ) タグの人気記事

石川旅館

酔ひて博士のむづかしく
慶応出でし町長も
たゞさりげなくあしらへば
縮れし髪を油もて
うち堅めたるをみな子も
なすべきさがを知らぬらし
面をひそめて案ずるは
接待役の郡の技手
ことあたらしくうちしける
青き藺草の氈の上に
人人のかげさゆらげば
昨日も今日もめぐり来し
たばこばたけのおもひあり
また人人の膳ごとに
黄なる衣につゝまれて
三尾添へたる小魚は
昨日も今日もたどり来し
くるみ覆へるかの川の
中に生(あ)れたる小魚なれ
村長われが前に居て
わが酒呑まず得酔はねば
西瓜を喰めとすゝむるは
組合村の長なれや
あゝこのま夏山峡の
白き銀河の下にして
天井ひくきこの家に
つどへる人ぞあはれなれ
               詩「土性調査慰労宴」


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舞台は大迫の石川旅館。八番の部屋。土性調査を終えての宴会風景は、心に残るものだったのでしょうか。
晩年宮沢賢治は石川旅館を舞台にした宴会の情景を二篇の文語詩に書き残しています。
ここは大迫の「早池峰と賢治の展示館」の2階の展示室ですが、かなりユニークな展示ですねえ。
石川旅館を復元して、この情景をお芝居のように再現しています。
「土性調査慰労宴」は、文語詩五十篇の〔夜をま青き藺むしろに〕の下書稿一の草稿です。


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こちらがどうも宮沢賢治のようです。呑めないので西瓜を勧められているところかな。黄なる衣につゝまれた三尾の小魚(てんぷらですね)も添えられています。

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当時(大正7,8年ごろ)の大迫は、製糸工場や煙草産業、九の市日などでにぎわっていたとか。この石川旅館は、高級割烹旅館といったところでしょうか。
このお膳は当時のままのもの。器もすべて漆の立派なものですね。

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おしゃれな火鉢もそれぞれに用意されたのでしょうか。もう一篇の文語詩は「雪の宿」で、季節は冬の設定で描かれています。

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右手奥の床の間にある鏡台は覆いを取れば、このように2重に鏡がしつらえた立派なもの。
画像は解説してくださった当館長の浅沼利一郎氏です。

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左手前のテーブルの上にあるのはまな板と料理の素材を入れる器。入れ子構造になっています。

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お客様の眼の前で、板さんが料理したそうです。
作品を読むと、ものさびしい雰囲気が伝わってきますが、ゴージャスな宴会だったようですね。

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博士(関豊太郎博士)の対応に困惑した「縮れし髪を油もてうち堅めたるをみな子」は、芸者さんです。
当時は、おいらんや芸者さんも大勢出入りしていたとか。貴重な資料も拝見しました。

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賢治は石川旅館から、父親や友人の保阪嘉内にはがきや手紙を書いています。
早池峰のふもとのこの町に特別の思いもあったようですね。
作品や書簡からはこんな賑わいのある町とはイメージできませんでした。

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こちらが「早池峰・賢治の展示館」の建物です。
これは花巻町城内に明治35年に新築された稗貫郡役所の建物を移築したものです。
宮沢賢治は郡役所を舞台にした作品もいくつか書いていますから、おなじみの場所だったのでしょうね。
この建物についてはこちらをどうぞ。

大正8年から大迫小学校長を勤めた菅原隆太郎氏の業績や賢治との交流なども、
私は知らないことでしたので、興味深かったです。

館長の浅沼利一郎氏にたいへんお世話をおかけし、親切な解説をいただきました。
「春と修羅」に関しての面白いエピソードも、古い資料がきれいに保存されているので驚きました。

ありがとうございました。

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by nenemu8921 | 2010-10-06 10:12 | 建物 | Comments(12)

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